
| . |
quartz(クォーツ)番外編 |
. | ||
|
憧憬の花 | ||||
|
tomo | ||||
| . | . | . | . | |
茶褐色の草が大地に茂る。
そして悠然としている山々があり、自然に、伸び悩みもせず、好き勝手に成長している木や草花などが地を制している。
どこからやって来たかも知れない強い風。
それ以外には、辺りを見回しても何もない。
その大地には、ちょうど誰かの肩幅ほどの道が一筋ある。
地を制しているはずの植物さえ踏み込めずにいるその地。
……旅猫(クォーツ)と呼ばれる猫たちが、踏み固めて作った道だ。
遠くからまた、地を踏み固める猫がやってくる。
道の行き着く先には、色あせた木材で良い年季を醸し出す、店があった。
旅猫処(クォーツどころ)、この店の名前は“レスト”。
レストというこの店は、“パフェ・ミルズ”という名の街の外れにある。
……ちなみに、街名のパフェは、この辺りを見下ろす大きな山の一つ、
“パフェマウンテン”から名付けられている。
街より孤立したようにあるこの店には、多くの旅猫たちが、
その疲れた身体を休めに立ち寄っていた。
店を切り盛りしているのは、“トレス”というまだ少し若く見える中年の雄猫。
少しうねりのある茶と黒の交じった毛並みをしている。
なかなかたくましい身体をしており、彼は昔、旅猫であった。
……そしてもう一匹、言葉も動きも覚束ない小さな子猫、“ルーク”。
真っ直ぐものを見ようとする、黄色い大きな目をしている。
茶色い毛並みをしているが、前髪、額の辺りの毛だけは焦げ茶色だ。
ルークはこの幼い年で両親がいない。
父親は旅に出て帰ってこず、母親は流行病で、
数ヶ月ほど前に死んでしまったのだ。
この店は、ルークの父親が、死んだお爺さんの代わりに引き継ぐはずだったのだが……父の親友であるトレスが、それまで店を切り盛りしていたルークの母親が亡くなり、
店を引き継ぐ者を探していた時に、進んで引き継いだそうだ。
それだけでなく、トレスはルークを引き取ると言った。
そうしてルークはトレスと一緒に店をしつつ、生活し、今に至っている。
「いいか、ルーク、無理は禁物だ。
おじさんの言うことをよく聞いておけ」
「うん」
大きく頭を振って、ルークは足もとふらふらさせつつも、
その黄色い目でトレスをじっと見つめた。
「食器を洗うのは、おじさんがしよう。
注文の品を持っていくのも、おじさんとイレおばちゃんの仕事だ」
「イレお姉さんよ」
ご注文のスパイスビールとオレンジジュースの合間から、
イレが鋭い眼差しを放った。
白に近い灰色をしたイレの毛色は、窓から差し込んだ朝日に反射して、一瞬光った。
「ごほん……おじさんと、イレお姉さんが注文の品を持っていくよ」
「僕、ごちゅうもん、もう運べないの?
お皿割っちゃったから、ハムパンサンド、落としちゃったから」
ルークは目を少しうるうるさせる。
「いいや、違うぞ、そうじゃない」
そう言って、トレスは右手をルークの耳に置く。
目をパチパチさせ、ルークはトレスの右手を少し見やる。
「ルークが怪我をしたら困るからだよ。
それに、お客さんも怪我したら困るだろ?
軽い注文はいい、ルークに手伝ってもらおう。
でも重たい注文は、もっと大きくなってからだな」
「大きくなってから?」
そう聞き返したルークに、
「そう、だから早く大きくなれよ」
と言うと、トレスは右手でクシャクシャとルークを撫でた。
「ルーク、お客さんが出発よ」
イレにそう言われ、
「はぁい」
ルークは返事をして、支払いを済ませた旅猫の側へと駆け寄った。
「忘れ物はなし!」
お客さんが座った後を確かめ、ルークは店を出ようとするその旅猫の後ろへついていった。
キュウウウ
「いってらっしゃい、また来て下さいね!」
「ありがとよ、じゃあな!」
旅猫は、砂埃も含んだビュービューいう風の中を、
旅服を身体に締めつけ旅立っていった。
「すごい風っ」
見送りしつつ、ルークは外の様子を覗いていた。
今日は稀に見る、風の吹きようだ。
この店の戸口から見えるいつもの枝垂れた大きな木が、今日は埃被ったハタキみたいだ。
「今日はほんと、すごい風ね。
砂埃だっていつもより酷いわ。
それでも旅猫は旅をしに行くって言うんだから……どうしてそこまで旅に惹かれるのかしら」
そう頭上で声がしたのでルークが見上げると、イレは下を向いてニコッとした。
早いお昼頃、3匹の雌猫が店を手伝いに来た。
この店は、時間のある猫や優しい猫たちによって成り立っていると言ってもおかしくない。
旅猫の常連客の中には、食器を下げたりしてくれる猫もいるのだ。
……旅猫はどの街でも歓迎されている。
物やお金を動かし、流通に活気を与えているからだ。
この店レストは、旅猫たちの間では、旅がうまくいく幸運の場所として名高い。
かつてどれくらいの猫が、この店で出会った仲間や語らいで幸運を得たのか、どんな良縁があったのか、定かではないが……そのどこからともなく流れたこの噂のお陰で、数十年以上、ここに旅猫たちを呼び寄せている。
ルークのひいひいひいお爺さんあたりが、店を開く時に出任せで広めたのではないか、と静かな噂があったりする。
そうだとしても、多くの旅猫たちを惹きつけたのだから、ある意味すごいものだ。
今日手伝いに来た猫たちは無償で手伝いに来てくれている。
大切な旅猫の集まり所であるこの店を思ってかもしれないが、ルークの両親が築いていた猫関係も少なからず存在しているだろう。
ルークは、早朝からカウンターにいた濃い灰色の縞のある猫と向き合っていた。
店を手伝う猫も増え、ルークの仕事がお客様の接待、に変わったからだ。
「で、どこまで話したかな」
その旅猫はそう言って、3皿目の注文品に手をつけた。
甘辛い鳥肉をナイフで削ぎ取り、フォークで突き刺し、噛みしめるように頬張る。
「“古岩の森”の話だったよ、“タルト・ルクプ”って街の近くにある森
のところまでっ」
そう言って、ルークは椅子からはみ出た、自分のしっぽ先を手元に寄せて撫でた。
「そうだったそうだった。
この鳥肉があまりにも旨いんで、つい忘れちまった」
旅猫たちはこんな感じで、面白可笑しく自分の体験談や聞いた話を語るのを好む。
……ルークは思わず、ふふっと笑う。
「古岩の森ってのはな、名前の通り、古い岩が森のあちこちにあるんだ。
そこそこの大きさをした森だ、そうだなぁ、パフェ(パフェ・ミルズの略名)の街なんてすっぽり隠れちまうくらいのでかさだ」
「パフェの街より!?」
ルークは黄色い目をまん丸くする。
「なーに、世の中にはそんな森、たくさんあるぞ。
一番大きいのは、パフェよりもっと南へ行ったところにある森らしいけどな。
……まぁま、話が逸れちまうから古岩の森の話に戻すが。
そもそも、何で森に岩が多くあるのか、気にならないか?
どうして、その森には岩が多くあると思う?」
そうルークに質問を投げかけると、旅猫はルークの考える顔をチラリチラリと見ながら、鳥肉をナイフで削ぐ。
「うーん、うーん、どうしてだろう。
岩が生えてくるのかな?」
ルークがそう言うと、旅猫はフォークを置き、
「いいところまで、いってるな。
なかなか想像力ってもんがある」
と言った、少し笑っているが。
「おじさん、どうして岩があるの? 答えは何?」
ルークが懇願(こんがん)すると、旅猫は首を振った。
「答えはない、でも説がある」
「せつ?」
首を傾げたルークに、旅猫は言う。
「仮説ってやつだ、仮の説。
そうだな、そうかもしれないなっていう作り話だ、これならわかるか」
「うん」
ルークは黄色い目を輝かせて旅猫の話に耳を澄ませる。
「古岩の森にはな、不思議な現象があるそうだ……不思議なできごとがある、ってことだな。
晴天の空が急に曇り空になって、青白い光が雲の間から現れることがあるらしい。
天からの贈り物か、異世界から何か送り込まれたって話もある。
それと同時期に、古岩の森の岩が一つ増えるってぇ話だ。
タルト・ルクプの酒場で聞いた話なんだが、その猫が妙に神妙な顔つきで言うもんだから、聞いた俺は不気味でたまらない。
……今のところ一番の仮説だ、俺の中でだけどな」
「そうなんだーっ」
見上げてくるルークの顔を見、旅猫はフォークで鳥肉を刺しながら言う。
「大きくなったら、お前も旅猫になってみろ。
古岩の森だって、自分で体感してみるんだ……旅はいいぞ〜」
「うちのルークはまだ小さいんですよ、そう旅の好奇心を注いでもらっちゃ困りますよお客さん。
店を手伝ってもらいたいんですから」
トレスが苦笑交じりに近づいてきた。
「おじさんも旅猫だったんでしょ? 旅って、いいものなの?」
ルークがそう聞くと、トレスは小さな肩に手を置いた。
「旅なぁ、いいぞ、あれは。
まず世界観が変わるよな、俺が見ていた世界はなんてちっぽけだったのか、と。
後は出会いだな。
いろんな猫に会える、世の中にはこんな猫がいたのかと。
そりゃあ驚きが果てしなく続く、旅をする限り」
「わおー、旅ってやっぱりいいんだぁ!!」
ルークの感嘆の声にハッとトレスは我に返る。
「あぁ、今のは無しだ無し!
空腹にもだえて倒れたり、道に迷って彷徨ったり、なんてこともあるからなぁ」
「でもおじさん、目を輝かせて喋ってたよ。
いろんな猫に会えるんでしょ、驚きが果てしなく続くんだよねっ」
好奇心いっぱいで眩しいばかりの目からトレスは視線を逸らし、
「この店にいてもいろんな猫にあえる! 日常生活にだって驚きはある!」
大きな声でそう言った。
「えーっ、おじさんだって喜んでいたのに」
少し膨れっ面したルークの顔に微笑して、トレスは言う。
「確かに旅は良い。
でもな、甘いものでもないんだぞ。
まだお前は小さい、旅なんてできるのはもっと先だ。
今は、おじさんとこの店を手伝ってくれや。
……お前の父親のせいで、俺は旅猫から足を洗ったんだから」
聞いていたイレが言う。
「いいじゃないの、あなたはいつもただでは帰って来なかったんだから。
“名高い戦士”なんて言って、他の街にご迷惑かけていたんでしょ。
それに、ルークの父親にも相当苦労かけたんじゃなくて?
私はあなたがここにいて、ホッとするわ」
イレは柔らかく笑うと、背を向けた。
「彼女、君の奥さんかい?」
旅猫が聞く。
「いいや、違うよ」
そう言って、トレスはなぜか微笑してイレの後ろ姿を見ていた。
「“アモン・ティル・ハーツ”が、“エクレア・イーネ”の街で英雄をやったそうだ。
あの街に、最近手の着けようのない悪が出たと聞いたばかりだったんだが、
アモンがとっちめたらしいぞ。
素手で相手を軽々投げ飛ばした、なんて噂だ」
「すげぇよなぁ、アモンのやつは」
ルークの後ろの旅猫たちが、そんな会話をしていた。
しばらくして、ルークと語らっていた旅猫が席を立った。
「さぁて、俺もそろそろ行かなきゃなぁ。
風がきつくても、俺を求める猫がいるんだから行くしかねぇ」
「いってらっしゃい!」
ルークは大きな声でその猫を見送った。
そうしてすぐだった。
キュウウゥウ……
入れ違いに、一匹の旅猫が入ってきた。
真っ赤な旅服に身を包んだ、赤茶色の毛をした雄猫。
……この店にいるどの旅猫とも違う雰囲気を漂わせている。
不思議な灰色の2つの目が、一瞬チラリとルークの方に向けられてきた。
「……」
ルークはどうしてか黙してしまって、いらっしゃい、を言いそびれた。
その旅猫は、入り口から2つ目の開いていたテーブルの椅子に座り、
「“美味しい水”を一杯もらえるか?」
とやや声を大きくして言った。
ルークはトコトコとトレスの元へと駆けた。
「トレスおじさん、おじさん」
フライパンで野菜を炒めていたトレスは、服の端を引っ張るルークを見た。
「どうした? お客が来たんだろ? ご注文は承ったのか?」
「うん、美味しい水。
おじさん、見て、あのお客さん見て!」
ルークが声を潜め興奮しているので、トレスは不思議そうな顔で、新しく来た客を見た。
「……」
手だけは料理をしているが、トレスはポカンと、その旅猫に神経を注いでいる。
「僕、軽いご注文は、運んでも良いんだよね?」
ルークが目を輝かせてトレスを見上げている。
「……あぁ」
低くそう言うと、トレスは炒めた野菜を皿に盛った。
その皿を取りに来た猫に渡すと、木箱から、数日前街の猫から届けてもらった“透り氷(とおりごおり)”を出し、グラスに入れ、店自慢の引いた水、“パフェマウンテンの雪解け水”をグラスに注いだ。
「気をつけてな」
トレスは美味しい水をトレイに載せ、ルークに持たせた。
慎重に慎重に、ルークは注文品を運んだ。
「美味しい水です」
そう言ってコトッと注文品をテーブルに置く。
「ありがとう」
その言葉を最後まで聞かないうちに、ルークはその場から離れた。
……そうして、少し離れたところから、トレイを胸に押しつけ、じいぃーっとその旅猫を見つめる。
「……」
旅猫は一口水を含み飲むと、手元に向けていたその目を、自分に鋭い視線を投げかける子猫へとやった。
一瞬ピクリと子猫は震えた、しかし子猫はやはりこっちを見つめている。
「そこに座るか?」
封を切ったようにそう旅猫は言った。
「……」
ルークは目をまん丸くさせたまま、少しの間、硬直していた。
でもしばらくすると、小さな足を一歩ずつ踏み出して――その旅猫へと近づいた。
ガガッ
ルークはテーブルに椅子を近づけ、よじ上るようにしてその椅子に座った。
椅子にちょこんと納まったルークの喉がゴクリと鳴る。
「名前は?」
旅猫がそう尋ねる。
「……ルーク・チャンス」
「そうか」
グラスを軽く回しながら、旅猫はルークの顔を横目で見た。
「……」
ルークは大人しい子猫になっていた。
その旅猫はどこか微笑のような表情を浮かべ、店の中を見回し始めた。
ルークの目は瞬きせず、ぱっちり開かれたまま。
その旅猫の一つ一つを凝視しているようだった。
その旅猫は良い具合に混ざり合った赤茶色の毛色をしている。
少し砂粒を含んでいるが、綺麗な毛並みだ。
2つの灰色の目は、優しい輝きを放っていた。
それでいて、何か強い意志のようなものを感じる。
真っ赤な旅服は、うっすら何か細い模様が入っていた。
よく使われているのか、その色合いは味のある良い質感にされている。
留め物に使われている金属は、小さな石が埋め込まれていて、微かに柔い光を放っていた。
「赤い旅服を着て旅するやつは、世の中に一匹なんてことはない。
まだ若造だぞ、おめぇは実物を見たことあるのか?」
「いいや……噂だけだ。
まさか、と思っただけさ」
誰かのヒソヒソ声が妙に店内に響いていた。
「どうした? 俺に興味があったようだが」
その旅猫は、赤い旅服から何か飴のようなものを取り出し、口に放った。
ルークは少し顔を俯(うつむ)ける。
しかしすぐにグッと顔を引き上げ、その旅猫を凝視すると、小さく口を開いた。
「アモン?」
「……ああ、俺はアモン・ティル・ハーツさ」
その声はルークが尋ねた声よりも大きかった。
「……」
「……」
「……」
近くに座っていた数匹の猫たちがこっちを見た。
ルークは少しピクッとしつつも、飛び上がるほど驚いてはいなかった。
おそらくルークの中では何か確信していたのだろう。
この旅猫に出会った時から、彼がアモン・ティル・ハーツだということに……。
しばらくすると、アモンは水を飲み干して、
「またな、ルーク」
と言って席を立った。
「ルーク、お客様がお帰りよ」
放心状態だったルークにそうイレが声を掛けた。
ルークは椅子から飛び降りた。
アモンは追ってくるルークに振り返った。
「また、来てね」
そう言ったルークに、アモンはニコッと笑った。
キュウウゥウ……
旅立つアモンの後ろ姿を、ルークはその黄色い目で見つめた。
アモンの姿が見えなくなるまで――見えなくなってトレスが声を掛けてくるまで、ルークは真っ赤な旅服を着たその猫を、ずっと見つめ続けていた。
これがルーク・チャンスとアモン・ティル・ハーツの初めての出会い。
この出会いが何れ、ルークという猫の運命を変えることとなる。
お互い出会わなければ、2匹の喜劇とも悲劇とも言えるような物語は起こらなかった。
「ほーら、もうアモン・ティル・ハーツは旅立った」
トレスの声に、ルークは我に返る。
「仕事がいっぱいだぞ、未来の旅猫坊や」
そう言って、トレスはルークの頭を突っついた。
「はーい」
にっこり返事したルークは、とことこと奥へ駆けていった。
「……」
笑んでいたトレスだったが、その表情に影が差した。
手伝いを始めたルークの様子を、物憂げに見つめていた。
FIN
|
短編 |
憧憬の花(ショウケイノハナ) |
tomo | ||
番外編紹介: |
本編主猫公のルークと、赤い旅服の旅猫(クォーツ)の出会い話。
| |||
注意事項: |
注意事項なし |
(本編連載中) |
(本編注意事項なし) | |
◇ ◇ ◇ | ||||
本編: |
quartz(クォーツ) | |||
サイト名: |
||||
[ 戻る ]