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20050930
次の旅への予告もかねて……。
今回は友人ではなく、読者の方に更新前チェックして頂きました。ありがとうございました!

quartz

*第九話・旅の小休止2*






 一番初めに運ばれてきた注文品は、リックが頼んだ物だった。
「ご注文のオサシミです」
 店員は、手を挙げていたリックの前に"オサシミ"を置いた。
 オサシミは、五種類くらいの魚の身を薄切りにし、花のように盛りつけられた料理だった。
「綺麗だね……次の料理も、リックのかな」
 続けてリックの前に置かれたのは、蒸(ふ)かした穀物を丸めた"三角焼きおにぎり"。
 それは、縦長の器に三つ並んでいて、茶色いソースが塗ってあった。
 香ばしいにおいに、リックは思わず口をぱっくりと開けている。

 その後も料理は続き――ロブスターが頼んだ"巨海老づくし"。"白身魚のトマト和え"。
 ルークが頼んだ"ぴったり親子丼"、ポルトルの"いけいけ海鮮丼"が次々とテーブルに並んだ。
「もうお腹ぺこぺこだよ」
 ルークは小枝を削って作られたお箸を手に取ると、深い黒器の中の料理――黄色い卵と桃色の鳥肉をつついた。
 卵と肉を持ち上げると、その下に、蒸かした穀物が敷いてある。
 飴色のダシが染みこんでいて、とてもおいしそうだ。
「……ん?」
 急に、ルークは隣からの視線を感じた。
 振り返ると、隣に座るリスベルがじっとこちらを――"ぴったり親子丼"を見ている。
 それに気付いてルークは言った。
「まだリスベルの注文した物、届いてないの?」
「はい……まだです。忘れているのでしょうか」
 リスベルは口端に指を当て、どこか悲しそうに、テーブルの上の料理を見渡す。
 すでに料理を頬張っていたリックが、口の中の物を飲み込んで、言う。
「そういや、リスベルは……"大海老天丼"とかいうの、頼んでたな」
「きっとそのせいですよ。
……揚げ物って、妙に時間がかかるじゃないですか。
大海老だから、火が通るのに時間がかかるんですよ、きっと」
 ポルトルがそう言い、ルークは頷いて言った。
「ちゃんと注文の料理は届くと思うよ。もうちょっと待ってみよう」
「……はい、そうします」
 リスベルが安堵の顔をした時だった。

「大海老天丼です、お待たせしました」
 店員がリスベルの注文品を持ってきた。
 コトッと、"大海老天丼"をリスベルの前に置くと、
「ご注文は以上ですね。では、ごゆっくり」
 と言い、店員はその場を去った。


「わーお」
 五匹は、リスベルの目の前の"大海老天丼"にクギヅケだった。
 リックが言う。
「でかっ」
 リックがそう言うのも無理はない――器からはみ出るほどの大きな海老の天ぷらが、真ん中にドンとのせられているのだ。
 海老の天ぷらのまわりには、小さなかき揚げや野菜の天ぷらがチョコチョコと置かれている。
 天ぷらには、ちょっと焦げた色をした、飴色スープがかけられていた。
 見ているだけなのに、口の中にさくさくとした衣と大海老の食感が広がる――ルークは思わず生唾を呑み込んだ。

 リスベルはルークと同じように、お箸を使おうとしたが、うまく使えないようだった。
「ルークはこの二本の小枝、使うのが上手ですね」
「お箸って言うんだよ。
俺は、いろいろ旅している間に、お箸の使い方も覚えたんだけどさ。
ちょっとコツがいるから、リスベルはフォークの方がいいんじゃないかな」
 リスベルは見よう見真似でお箸を使おうとしたが、上手く使えそうにないので諦(あきら)めた。
「……そうですね、そうします」
 テーブル端の入れ物から、黒猫にフォークを一つ取ってもらうと、リスベルは食事の体勢に構えた。
「では、頂きますです」
 そう言うと、リスベルは大胆にも、真ん中にのせられていた大きな海老の天ぷらをフォークでグサッと刺した。
 そして、大きく開けた口の中に入れる。
 ザクッサクッという音をさせながら、至福の顔でリスベルは頬張った。
「……美味しい?」
 言うまでもなかったが、ルークはリスベルに聞いた。
「美味しいですぅ。
外についている衣がサクサクしています……ルークは、美味しいですか?」
 リスベルが小首を傾げて、こちらを見てくる。
「うん、美味しいよ」
"親子丼"の黄色卵と桃色の鳥肉をすくうと、ルークは口に入れ、頬張った。

「ルーク、これ、お裾分け」
 リスベルはそう言って、ルークの器に"小さなかき揚げ"を置いた。
「……あ、ありがと。じゃ、俺もお裾分け」
 ルークはリスベルに"とろけそうな卵がのった鳥肉"をあげた。

「ルークの、美味しいです」
「リスベルのも美味しいよ」
 二匹はそう言い合って、食事を楽しんだ。

 そんな光景を見ていたリックが、呟いた。
「俺も"大海老天丼"と"親子丼"頼んじゃおうかな……」
 聞いていたポルトルが、目を丸くした。
「まだ食べる気なのか!?
リック・ゴードン、お前食い過ぎ。
そんなに頼んだらぶくぶくに太っちまうぞ」
「ぶ、ぶくぶく!? ……や、やっぱりやめておこう。俺はこれだけで十分」
 リックはそう言って、手元の料理を満足そうに食べだした。
 とはいえ、リックは再注文していたので、手元には五品ほどの料理が並んでいた。
「……」
 黒猫はそんなリックを、オサシミを食べながら、呆れた様子で見ていた。


 ルーク達は、しばし食事の団欒(だんらん)を楽しんだ。
 食事が後半に差し掛かる頃、黒猫が海老を剥(む)きながら言った。
「ルーク、情報集めの方はどうだったんだ」
 口の中の物を飲み込むと、ルークは食べる事を止めて、話しだす。
「この先を越えるのには、やっぱり"ドライフィールド"を越えなきゃならない。
でも、酒場の旅猫(クォーツ)の話によると……最近はドライフィールドに、魔物がうようよ現れているらしい」

 ポルトルが口を挟(はさ)んだ。
「あの……ところで、どうして皆さんは竜石使いを探してらっしゃるんですか?」
「その質問には、リスベルが答えよう」
 リックがそう言ったので、リスベルは口の寸前まで運んでいた"かき揚げ"を――器に戻して、話し出した。
「私は、この世界に再び現れた、黒い竜を倒す使命をあずかってきました。
黒い竜を倒すためには、竜石の力が必要なのです。
……この世界には竜石と呼ばれる石が、七つあると言われています。
黒い竜と同じように、竜石自身もまた、宿り主を必要とします。つまり竜石単体で存在している可能性は低い。
ですので、竜石使いを探しているのです」
 リスベルはそう言ったかと思うと、続けて、
「……かき揚げ、食べて良いですか?」
 と言った。
「うん、いいよ」
 ルークが許可を出すと、リスベルは嬉しそうに"かき揚げ"を頬張りだした。

「なんか、すごく深刻そうで……どうも、そんな気がしませんね。
どうしてなんでしょうか」
 ポルトルが首を傾げて呟くと、ロブスターが、
「それは私にもわからん。
こんな非常事態に、のんきに昼飯を食べている私もな」
 と答え、トマトを一つつまんだ。


 グラスの中の水を一口飲み、ルークは話を続ける。
「ドライフィールドを越えなきゃ、道は開かれない。
問題は、どうやって越えるのかだね。
とても広くて長い、乾いた道。
長時間そこを彷徨(さまよ)えば、飢えに苦しみ、乾きに藻掻く……」
「食事中にそんな事言うなよ。メシがまずくなる」
 眉間にシワを寄せ、リックがそう言ったので、
「はは、ごめん」
 とルークは耳を撫でつけながら謝った。
「……それにしても、何かいい考えはないかなぁ。
ドライフィールドを渡るために必要なもの。うーん、乗り物を借りるとか」
 ルークがそう言うと、ポルトルが言った。
「それなら、乾きに強そうな"リザード"や"ラクダ"。あと"馬"なんかを借りるといいですよ。
おいら、良い動物を見極めるのは得意です。
なんてったって、おいらは――」
 話も途中に、ポルトルは急に口を閉ざした。
 リスベルが不思議そうに、尋ねる。
「どうされました? ポルトルさん」
「……あ、いや、おいらは乗り物好きなんで」
 ポルトルはそう言って、ハハハと何かをごまかすように笑った。

 黒猫はそんなポルトルを、水を飲みながら窺(うかが)っていた。
 ルークも、少し気にはなったが、
「そうなんだ、ポルトルは乗り物好きなんだ。
じゃあポルトルに選んでもらおう。旅に連れて行けそうな、良い乗り物をさ」
 と皆に向かって言った。
 すると急に、リックがバンとテーブルを叩いた。
「俺は反対。俺は乗り物嫌いだ。
短時間なら良いにしろ、ドライフィールドなんてところを通るんなら、何日もかかるだろ?
日を追う事に、吐き気は増すだろうし。呻(うめ)き声で俺様の美声だって潰れちまう」
 それを聞き、ポルトルが厳しい口調で言う。
「そんな事言ったって、乗り物を利用しなきゃ渡れない。
おいらはよく知ってるんだ。
よくあそこで、猫が死んでるんだぞ。
ただでさえ歩いて行くのは酷なのに、今は魔物がうようよしているんだからな」
 その言葉にも、リックは反論する。
「だって嫌いなもんは仕方がないだろっ。
何日も乗ってるくらいなら、俺は、歩いてドライフィールドを渡る」
 リックは無茶な事を言いだした。
「……その方がいいかもな。
乗り物が平気な者でも、お前の奇声を何日も聞いていれば、気分が悪くなる」
 ロブスターの態度に、リックはムッとして言い放った。
「悪かったな、そうだろうよ」

「うーん」
 ルークは悩んだ。
 リックが乗り物嫌いなのは知っていた。
 けれどドライフィールドを歩いて渡る旅するのは、無茶な話なのだ。

「……ここは俺が、何とかリックを説得すべきか」
 ルークがそう呟いた時だった。
「皆さん、どうして私に言って下さらないのです?」
 凛としたリスベルの声が響いた。
 ルーク、リック、ロブスター、ポルトルの四匹はリスベルの方を向いた。
「私、魔法使いです。
たくさん知識も持っています。
……誰か一匹でも、私に"どうにかできないかな、リスベル"って言って下さると思っていたのに。
誰も、言ってくれない」
 リスベルはシュンとしていた。
「あ、あ……リスベル」
 ルークは言う事にした。リスベルがチラチラとこっちを見ている。
「どうにかできないかな、リスベル。俺たち、とても困っているんだ」
 そう言うと、リスベルは目を輝かせて、
「そう言って下さると思いましたっ」
 嬉しそうに応えた。

 嬉しそうな顔のリスベルを見て、ポルトルが尋ねる。
「ドライフィールドを瞬時に渡れてしまったりするんですか、魔法で」
 ポルトルのその言葉は、禁句だった。
 リスベルは小さく、
「それは、できません」
 と答えると下を向いてしまった。
「馬鹿っ」
 リックがそう言って、ポルトルの口を塞ぐ。
 まだ食事をつまんでいたポルトルは、急に口を押さえられたので、ノドに何かを詰まらせてしまった。苦しそうに藻掻いている。
 そんなポルトルを哀れな目で見ながらも、ルークは聞いた。
「何か方法はあるの?
このままだと、リックには歩いてもらわなきゃいけない」
「……そうですねぇ」
 リスベルは腕を組んだ。

 リスベルは右手で左腕を掴む、いつもの考え事のポーズをしたまま、しばらく黙した。
 ルークも、何か良い案はないだろうかと考えた。
 ふと、傍目に移った黒猫は、別に歩いて行けばいいだろう……と言いたげな顔をしていた。
 おそらくロブスターにとっては、ドライフィールドを歩いて渡る事は苦ではないのだろう。

 ちょうど、まだ食事をしていた、リックが最後の料理を平らげた頃――リスベルが言った。
「思いつきました」
「ほんと!」
 思わずルークは叫んだ。あまりにもリスベルが答えを出すのに時間がかかったからだ。
 リックが言う。
「はじめに思いついとけよ」
 今度はポルトルがリックの口を塞ぐ。
 ポルトルはしてやったり顔をして、ニヤリとした。
「……それで、ドライフィールドを渡る手段は何なの?」
 と、ルークが求めるように尋ねると、
「出発の時になればわかります」
 リスベルはそうとしか答えなかった。
「ええっ?」
 呆気ない返答に、ルークは目をぱちくりさせる。
「心配ありません。私は優秀な魔法使いですから」
 そう言って、リスベルは微笑んだ。

 ドライフィールドを渡る手段は決まった。
 リスベルの魔法で、何とかすると。
 でもその全容は明らかにされていなかったので、ルークは少し不安だった。

 ルークの心境を察したのか、代わりに、ロブスターが念を押すように言った。
「お前を信じていいんだな」
「任せてください」
 リスベルは自信ありげに頷いた。

 旅路の話に移ると、ルークは懐から地図を取りだして、皆と相談した。
 手に入れた情報から、どのように旅を進めていくのが一番いいのかを提案し、考えを言い合った。
「――それでは、次の街は"ゼリー・ルー"に決まりか」
 ロブスターがそう言い、
「うん、そうしよう」
 とルークは答えた。





 食事を終え、ルーク達五匹は"ショクジヤ"の店を後にした。
 それから宿屋へと戻り、出発は明日の朝と決めた。
 皆それぞれ、荷物をしっかりと整えるなり、最後にエクレアの街を散歩して回ったり――リックは不吉にも、突然切れた弓の弦(つる)を買いに出かけたりした。

 ルークは、旅の荷物が万全であることを確かめたり、所持金を確認したり――ウォーノクスへ行って、ポケットサイズの布袋に入った香辛料、妙薬などを運ぶ仕事を請け負ってきた。
 そしてその後は、半ばルークの趣味になっている、コインの写し取りをした。
 ……買い物時に手に入れたエクレアの10キャットコインの絵柄を、紙に押し当て鉛筆で写し取る。
 月の形、月の色を記載し、自分の年齢をコインの下に書いた。
 コインの写しを終えると、ルークはエクレア滞在の日々が、大満足に思えた。

 夕食は、リックたっての希望で、"ショクジヤ"のお店で済ませた。
 明日の出発に控え、五匹は早い時間帯に眠りについた。





−とある場所−

 空に月星の輝きは見えず、辺りは暗闇に包まれていた。
 どこまでも続くような何もない荒野に、ポツンと一本の巨木が立っている。
「……フン」
 闇に紛れるような姿をした一匹の猫が、その巨木の枝に寄り添うよう、座っていた。
 その猫の右手には、暗闇よりも暗い色をした、大きな黒い鳥が留まっている。

 その猫は左手に明かりを灯(とも)した。
 けれど肝心のその顔は、何かに覆われており、はっきりとはわからない。
 その猫は独り言を唱える。
「そうか……だが、当然の報いだったろう。
ボルシチ・アーサーという男は、すぐに敵をなめてかかる性格だったからな」
 バサバサと羽音をさせ、黒い鳥はその猫の肩に留まった。
「……傷? 確かに、"あの猫"から受けた深い傷のせいかも知れない。
そう簡単に、我々のような者が倒れるわけがないからな。
この私も、気をつけなければ。なに、自分の力に不審を持っているわけではない。
用心に越したことはないということだよ。
私は用心深いタチでね」
 その猫の声は、雄猫にしては妖艶な趣(おもむき)があった。
 しかし穏やかな口調の端々には、何か得体の知れないすごみがある。
「それに。"あの猫"の使っていた蒼爪が、我々の力を打ち消す事も忘れてはならぬ。
だが、相手をすることを楽しめない事もない。
お前も、そう思うだろう?」
 その猫がそう言うと――左手に灯された明かりの影に、ヌッと"何か"が顔を出す。
「……」
 現れた"何か"は、何も話さなかった。
「そうだったな。
お前はそんな事よりも、あの娘が気になってしょうがなかったのだな。
そのうち叶えてやる。大人しく、私の影になっていろ」
 その猫が穏やかな口調で命じ、"何か"は溶けるように暗がりへと消えた。

「じっくりとこの世を楽しまずして、いられようか。
力のためだけに生かされた我々にとって、戦い以外に楽しみを見出す方法など知らぬ。
私の至福は、じわじわと相手を死に至(いた)らしめる楽しさだよ」
 その猫はそう言い、続けて呟くように言った。
「あの娘も竜石使いだと言っていたな。
……私とお前の利害関係も一致するわけか。
楽しみが一つ減る、残念だ」


 静かな風が、荒野に吹いた。
 それは静かながら、強い風力のある風だった。
 次第に、風はその猫のいる木へと近づき――荒々しく木を揺さぶる。
 その風が、猫の灯していた明かりを吹き消した。

 再び、あたりは暗闇に包まれた。






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・・・第九話についてのひっそりコメント★
(登場猫物紹介・まとめなど)
今回は特別ゲストのイラスト付きです




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