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20050831(20050911)
新しい仲間ポルトル・ピアースと、四匹の団らん……?

quartz

*第九話・旅の小休止1*






「先に宿屋を探そう」
 早く夕食を取りたがっているリックの言葉を制し、ルークは四匹に告げた。
 それが気にくわなかったのか、頬を膨らませ、リックが言う。
「何でだよ、後でもいいじゃん」
「日が暮れると宿探しは面倒だ。
今の時分に探した方がいいだろう、私もルークに同意見だ」
 黒猫の声が頭上から聞こえた。
 リスベル、ポルトルも「おいらもルークさんに賛成です」と答える。
 そんな皆の様子を見て、一匹、不満そうな顔をしていたリックも、渋々ながら賛同した。
「……手筈を付けてくれるというなら、リック・ゴードンに荷物を預け、先に夕食へ行くという手もあるが」
 顎に手をやり、黒猫が青い右目をちらりと向けると、
「ルークの意見に大賛成!」
 リックは挙手して大きな声を出した。
 その様子に笑いながら、
「それじゃあ、先に宿屋探しだね」
 とルークは皆に言った。


 五匹はいくつかの宿屋をあたり、良さそうなところを見つけると、ロブスターが先に中へ入り宿を見に行った。
「――宿というのは、旅猫(クォーツ)という職業の猫が増えてきた時代から、街に多く作られるようになったものなんです。
選り好みさえしなければ、宿探しは比較的に楽なんですけれど、時には満室続きで街中を歩かなきゃいけないこともあります。
……リック・ゴードンみたいに計画性がない旅猫は、宿を探す方にも労力を使ってしまって、結果、骨折り損のくたびれもうけになるわけですよ」
「おめぇはさっきからリスベルに何を教えてるんだ、ポルトルよ」
 鼻息荒くリックが問うと、「旅の知恵ですよ」とリスベルが答える。
「そこに何で俺の名前が出てくるんだ」
「引用の出典としては、おいらは間違ってないと思うんですがね」
 ポルトルがそう言って、少しばかりニヤリと笑ったのを見、リックは憤怒(ふんぬ)した。
「調子に乗るなよ荷物運び!」
 リックはポルトルへ飛びかかろうとした。
 それを止めようと、リスベルが間に入り――叩き合いにはならなかったが、二匹は言い合いを始める。
 ちょうどその時、交渉にいっていた黒猫が宿屋から出てきて、中へ入れと合図した。
「……はいはい、泊まる宿屋が見つかったよ」
 ルークがそう言ったが、喧嘩をする二匹と、間に挟まれたリスベルには聞こえていない。
 そんなわけで、
「くそう、俺様を蔑(ないがし)ろにしやがって!」
 渦中の猫であるリックは、ロブスターに襟首を捕まれ、無理矢理宿屋へ連れ込まれた。
 残ったルーク達三匹も、黒猫の後を追って中へと入った。



 旅の仲間が増えたこともあって、ルーク達はいつもより大きな部屋を選んだ。
 場所は街の中心、大通りからやや外れた静かな一角。
「いいところですね」
「この宿屋の外造りも、白壁でしたね」
 エクレア・イーネの街の多くの建物がそうであるように、この宿屋も白壁造りだった。
 室内もまた、白を基調としている。
「大きな荷物を置いたら、すぐ出発だぜ。
ほらほら、ルーク早くしろよ、おめぇが一番ごちゃごちゃした荷物持ってるんだから」
 急き立てられるように出かける準備を整えると、
「もういいかな、鍵しめるよ」
 ルークは戸締まりをした。
「さぁ行くぜ行くぜ」
 嬉しそうなリックに率いられ、早速、夕食をしに出かけた。



 リックが「肉が食べたい」と言い張ったが、
「海の近くであるこの辺りでは、魚介類が安く食せる」
 と言ったロブスターの一存で、魚料理に決まった。

 不満げなリックを宥(なだ)めながら、ルークはお店を探した。
 猫数も多くなってきたので、なるべく高いお店は避けたいところである。
 ――旅をしてないから、ウォーノクスで稼いだお金も少なくなってきたなぁ。
 無駄遣いは慎まないと……と思うルークのその横で、リスベルが何か見つけたのか立ち止まる。
 露店で面白そうな玩具を見つけたようである。
 欲しそうにネジ巻き式の玩具を触っているリスベルを見て、ルークは苦笑した。

 様々なお店やお店の商品に誘惑されつつ歩いていると、ある一軒のお店を見つけた。
 野外にテーブルや椅子が設置されており、料理も外でするのか、空へむかってもくもくと煙が立ち上っている。
「……ねぇ、あのお店なんかどうかな」
 ルークは指をさした。
 鼻先で、すでにそのお店に反応していたリックが、駆けていく。
「生け簀(す)の魚を網で捕まえて、鉄板で焼き放題、だってよ」
 リックはお店の柵に乗りかかってはしゃいだ。
 歩きながら近づいていったルークは、垂れ幕のように掲げてあったお店の看板を見た。


"ヴァイキング"
 お魚食べ放題のお店。おひとり様1300キャット。
 海から海水を引いている生け簀に入った魚を網ですくい、お好きに調理して頂けます。
 当店はお魚選び、料理、片づけに至るまでセルフサービスとなっております。


「ここにする?」
 と聞く前に、リックはすでに、お店の入り口であるツタの絡まったアーチをくぐっている。
 おまけに、
「猫五匹です」
 と猫数まで店員に言っている。
 ルークは後ろの三匹に向き直って言った。
「歩き回るのも疲れちゃうし、ここにしようか」
「そうですね。もう、リックったら」
 ローブのフードを押し上げて、顔を出したリスベルはくすくす笑い、アーチをくぐる。
「さて食事だ」
 ロブスターは服の袖を捲り、店の中へと入っていく。
 ルークとポルトルも、続いて入った。





―ヴァイキング・お魚食べ放題のお店―

 ルークとリスベルとポルトルは、
「ごちゃまぜ魚のソテーだ」
 色んな魚を生け簀から捕まえてきて、バターと一緒に料理した。
 なかなか味の方は良かったが、
「……これ、もしかしてリスベルがとってきた魚かな」
「ええそうです。色が綺麗でしたので、形も素敵でしょう」
 骨っぽい魚、小骨の多い魚が混じっていた。
 そのために、
「あれ、ポルトルさん、青い顔されていますよ。どうかされました?」
「み、みずぅ……骨、骨」
 ポルトルが危うく死ぬところだった。

 一方、周囲が賑やかに料理をする中、ロブスターは静かにその腕前を見せていた。
 そしてそれに気付いたリックは、黒猫の料理をつまみ食いしようとして、
「調理の途中だが」
 と眼光鋭い睨みをつきつけられた。
「おうおう悪かったよ、そんな怖い顔するなって。
しかしあれだな、お前の料理なかなか旨いぜ……俺は味が分かる男だからね」
「腹を満たすだけのお前に、味が分かるとは思えんが」
 ぼそりと呟かれた黒猫の発言は、耳敏(ざと)いリックには聞こえていた。
「ちょっと待て、今のは聞き捨てられねぇぞ。
俺は食通なんだぜ。素直な俺の腹は、不味いもん食ったらすぐに下しちまうんだ。
それに料理だって俺はできるんだからな」
 ロブスターは興味なさそうに、リックの話を聞いていた。
 調理する手は休めず、適当な相づちを打っている。それは傍目から見ていても明らかだった。
 黒猫の態度を見、不機嫌になったリックは、
「くっそう、じゃあこうだ。
ロブスターの野郎、俺様リック・ゴードン様と対決しろ。男の料理対決だ!
ルークとリスベル、ポルトル、おめぇらはどっちが旨いか選ぶ審査員だ」
 と腰に手を当てて言い放った。

 ロブスターの、
「好きにしろ」
 という言葉を聞くや否や、リックは食材の魚を生け簀から捕まえてきて、調理を始めた。
 リックが一方的に黒猫を敵対し――無意味に話しかけたりぶつかったり、どこからかトマトを持ってきて摘ませようとしたり――ロブスターの気が削がれるような作戦を実行したが、どれも失敗に終わった。
 それで最後には、黒猫が言い返してこないのをいいことに、悪口を囁くという卑怯な作戦を実行したが、
「口でなく手を動かせよ、反則負けにするぞ」
 審査員の一匹であるポルトルから一喝を受けることとなった。
「調子の乗るなよ荷物持ち」
「審査員の冒涜(ぼうとく)も減点対象ですよリック」
 そうリスベルが忠告すると、
「……ったく、一体誰だよこんな勝負始めたのは」
 魚に炒(い)ったナッツを詰め込みながら、リックは愚痴り始めた。
 ルークとポルトルは、呆れたように呟いた。
「リックだよ」

 その後、ロブスターは、仄(ほの)かにハーブの香りがする、見た目以上に手間がかかっている"魚の香草蒸し"を。
 リックの方は、歯ごたえとちょっとした彩りを加えるために、数種類のナッツを魚に詰めて焼いた"魚のリックスペシャル"を作り上げた。

「さぁ、どっちがうまいか投票してくれ」
 審査員の三匹は、ロブスターに一票、リックに一票。
 そして最後に、うーんと唸りながらルークが「どっちも美味しい」と評価した。
「おいルーク、どっちか決められないってどういうことだよ!」
「でも本当、ふたりの料理どっちもおいしいんだよリック」
「……ったく、ルークのお猫好しはこういう時困るんだ。
もういい、この俺様、リック・ゴードンが決めてやる」
 言って、リックは自分の料理、そしてロブスターの作った香草蒸しの魚料理を食べ比べる。
 その結果、
「ほんとだどっちも旨い。というか腹が減ってたら何でも旨いもんな」
 という結論に至っていた。

「猫騒がせなやつだなぁ、リック・ゴードンは。
大して凝った料理作れないくせに、ロブスターさんにいい迷惑だぜ」
 ポルトルがそう言って、"第二次男の料理対決"が始まったのは、言うまでもない。
 
 ……リックのせいで料理対決の付き合いをさせられたルーク達は「もう食べきれない」くらいにお腹をいっぱいにし、"ヴァイキング"の店を後にした。
 その頃には、もう日は沈んでいた。
 街灯があかるく照らす通りを、ルーク達五匹は、宿屋へと向かって歩いた。





―宿屋―

「明日は、竜石の情報集めかな」
 室内の椅子に腰掛けてルークがそう言うと、ベッドへダイブして手足をばたばたさせながらリックが、
「旅の食糧も買わなきゃだめだぜ。
メシがなきゃ、飢え死にしちまうし、力も出ねぇからなぁ」
 と言った。
 それを聞いて、ポルトルが笑う。
「腹一杯夕食食べた後に、食糧の事がまっさきに浮かぶなんて。
リック・ゴードンはほんと食いしん坊だなぁ」
「買うなら"固形トマトジュースの素"も買っておいてくれ」
 ロブスターはそう言って、リックに"固形トマトジュースの素・割引券"を渡した。
 リックは首だけを起こし、黒猫を見上げる。
「……俺に頼んでんの?」
「あぁ」
 短く返答すると、ロブスターは自分のベッドに腰を下ろし、分厚い本を読み出した。

「あぁって、食糧買うの俺担当なのかっ? 明日は俺、忙しいんだぜっ」
 リックがそう言うと、本に視線を向けたまま、ロブスターは言う。
「昼間の通りで、可愛い娘でも探すのか」
「……」
 図星だったのか、リックは無言だった。けれど何か言いたそうな顔で、ロブスターの方を睨みつけていた。
 窓脇に立っていたリスベルが、そんなリックを見て言う。
「リック。私は明日の予定特にありませんし、代わりに買ってきますよ、食糧」
 そう言った瞬間、ポルトル以外の全員が、揃って口をへの字にさせて振り返った。
 一斉に自分に注がれたそれらの顔に、リスベルは驚いて黙(もく)す。
 それに気付いたルークは、取り繕うように慌てて言った。
「あっ、リ、リスベル……一匹で行くの?」
 リックが後に続く。
「そうだポルトル、俺は忙しいから、お前がリスベルを付き添え。
初仕事を言い渡そう……決闘で俺に負けたろ? なっなっ」
 ベッドから飛び上がったリックは、突っ立っていたポルトルに近づき、その肩をぽんぽんと叩きながら、「いいだろう、リスベルと仲良くする良い機会だぜ」と言う。
「あぁ、わかったよ」
 ポルトルは執拗に触ってくるリックの手を払い除けながら、不可解そうな面持ちで頷いた。

「では、ポルトルさん、明日はふたりで行きましょう」
 リスベルはそう言ってニコッと微笑むと、荷物いじりを始めた。

 ルークはフゥと小さく溜め息をついた。
 そうして、訳が分からずにボーっとこちらを見ているポルトルの方へ歩くと、小さな声で言った。
「ポルトル、明日、リスベルをよろしくね」
「おめぇがいて、ほんと助かったぜぇポルトル君。
君のお陰で、俺たちは救われるってもんだ。
……リスベルのやつ一匹じゃあ、心配で心配でたまんなかったぜ。
本当にありがとう、ポルトル君」
 リックがまるでどこぞの市長のような口振りで、ポルトルの背中を叩く。
「一体、何なんですか」
 ポルトルは、ひっついてくるリックを引きはがしながら尋ねてくる。
 そんな様子を見、ルークは少し困ったように眉根を寄せて、囁いた。
「明日になれば、こんなリックの態度の意味、きっとわかると思うよ」





―後日・店通り―

 リスベルとポルトルは買い出しのため、エクレアの街で一番、食糧品が揃うという店通りを歩いていた。
 通りの石畳は明るいお日さま色。
 旅猫(クォーツ)の装いをした猫達が多く行き交っていた。
 店先には、"旅のお供にイイ干し肉あります"とか"泥水を濾過(ろか)する魔法の布"といった看板が掲げられていたりする。


「……前日のリックの野郎といい、それにルークさんも。
なにげにロブスターさんまで何だか変な感じだったよなぁ。
リスベルさんに一体、何があるっていうんだろ」
 ポルトルはブツブツ独り言を言いながら歩いていた。

「ポルトルさん、どうかされました?」
 リスベルがこっちを見ていた。
 それに慌てて、
「あ、いや、何もないです」
 とポルトルは引きつった笑顔をつくる。
「そうですか」
 リスベルはそう言うと、また前を向いて歩きだした。


 そのうちリスベルは、足を止める。
 上の空で歩いていたポルトルは、危うくリスベルにぶつかりそうになって、ぶつかってもいないのに「ごめんなさい」と謝った。
 ところが、リスベルはそんな様子にも気付いておらず、何かに興奮したように頬を赤らめてこう言った。
「ポルトルさん、ポルトルさんっ。
活きがいいのがいっぱい……あっあの鳥、いいですね」
 そう言って、リスベルが指をさす先を見て、ポルトルは目を丸くする。
 白い指先の指し示す方向には、装飾の施された鳥カゴ――止まり木に留まる、優麗(ゆうれい)な鳥の姿があった。
「リスベルさん、ここは"愛玩動物専門店"ですよ」
「あいがん……動物?」
 リスベルは首を傾げる。
 そんな様子のローブの猫に、ポルトルは丁寧に説明をした。
「このお店に売っている動物は、食べるためじゃなくて、飼って可愛がるものなんです。
今さっき指さされたあのカゴの中の鳥だって、書簡を届けるために使う動物なんですよ」
「……そうなんですか」
 口端に指をあて、ローブの中で残念そうにそう言う声と、鼻息(びそく)が聞こえた。

 それから間を置かず、また、リスベルは足を止める。
「このお店はどうです。ビン入りの香辛料がいっぱいですよ」
 遅れて足を止めたポルトルは、ローブの猫が指さす店を見上げた。
「"粉薬・瓶薬・妙薬の店"って、ここは香辛料のお店じゃないですよ」
 ポルトルが言い終わらぬうちに、何かを見つけたリスベルは店の方へと駆けていった。
 そうして、店を少し入ったところで立ち止まる。
 近づくと、うきうきした様子で、リスベルが何か持っていることに気付いた。見ると、毒々しいピンク色の瓶を手に持っている。
「何を見つけたんですか」
 ポルトルは不審そうにリスベルを見る。
 振り返ったリスベルは、ニコリと微笑んで答えた。
「……惚れ薬の素」
「だっ、誰に使うんですかっ。ってか、それは返品して下さい」
 ポルトルは慌ててリスベルの手から"惚れ薬の素"を奪い取ると、棚へと戻した。
 振り返ると、ローブを深く被って、リスベルが白い頬を膨らませている。
「リスベルさん、俺たちの買い物は、旅の食糧ですから」
 だから妙な物を買おうとしないでください――ポルトルは困ったように笑うと、リスベルの背中を押して、その店から離れた。

 店を後にしたポルトルは、前を歩くローブの猫を見やりながら、
「俺、何かわかってきた」
 と小さく呟いた。


 その後ポルトルは、リスベルが怪しげなお店に入るのを引き止めたり、食べられないようなモノを見つめていたりするのを、次々と食い止めた。
 そして最後の店では"トマトジュースの素"でなく、"赤汁の素"なんていう原材料不明のものを買おうとしていたのを、
「トマトジュースの素はこれです」
 と言って、支払い前にギリギリで交換させた。

 全ての買い物を終えるまで、様々なことがあったが、なんとかリスベルとポルトルは、旅の食糧を買い終えた。
 随分買い出しの回り道をしたせいで、宿へ帰る頃には、日は西の空に沈もうとしているところだった。





−宿屋−

 宿泊している部屋に向かって歩いていたリスベルとポルトルは――部屋から出てくる黒猫を見かけた。
「あっ、ロブスターさん」
 気付いたリスベルが、黒猫へと駆け寄る。
 ポルトルは、リスベルの代わりに大きな袋を担いでいたので、のろのろと黒猫に近づいた。

「折り畳み式の料理道具、ありました?」
 リスベルが尋ねると、ロブスターは、
「あぁ、いいのがあった」
 と答え、後ろで大荷物を担ぐポルトルの方を見た。
 黒猫の視線に気付き、ポルトルは荷物を足元へ置いた。
「こっちも旅の食糧ばっちり買いました。
さすがに五匹分となると、量も多くなりますね」

 旅の食糧は両手を大きく広げたくらいの布袋にギッシリ入っていた。
 リスベルは「これでも保つのは数日」と言っていたが、あまりにも量は多い。
 これを自分が旅の間ずっと運ぶことになるのか……と思い、ポルトルは思わず苦笑する。

「買い込みすぎじゃないのか。
いくら猫数が増えたとはいえ……リック・ゴードンに食事を控えさせればいいだろう。
旅の荷物は少ない方が良い」
 ロブスターの言葉に、ポルトルはつい、首を縦に振る。
「でもみんな育ち盛りですし、このところルークもよく食べますよ」
 リスベルは緑色の目を伏せて、右手を左腕に添えた。
 そしてうーんとしばらく唸ると、何か思いついたのか、顔を上げた。
「……私、良い案が浮かびました。
大丈夫です、私に任せて下さい」
 そう言うと、リスベルは左腕に添えていた右手を正面へ突き出した。
「一体、何を」
 首を傾げるポルトル、ロブスターを余所に、リスベルは呪文を唱え始める。
 唱えながら、右手の猫差し指を床に向け――指先で渦を書くような仕草をする。
 そうして、左手は、何か器を持つよう構えた。

「モク オズ ワールレ タムノ メイズ!
(現れし 魔法 合い言葉 時空の 鞄!)」

 辺りが急に、パッと暗くなった。
 リスベルの目前の空間が歪んだかと思うと――小さな、ゆっくりと渦を巻く黒い穴が現れた。
 ポルトルは口をぽかんと開け、絶句している。
 二匹の方を振り仰いだリスベルは、笑顔で言った。
「ここに荷物を入れておきましょ。
……もう少し、早く思いつけばよかったです。ごめんなさいね、ポルトルさん」
 ポルトルはゆっくりと顔を動かすと、リスベルの顔を見、
「は……はい」
 と目を丸くしたまま頷いた。

 ロブスターは、ポルトルの持っていた食糧袋を片手で軽々と持ち上げ、リスベルの出した"時空の鞄"の中へと入れた。

「ワーレル!」
 リスベルがそう唱えると、シュルシュルと風音のような音をさせ、時空の鞄は消えた。
 辺りが再び元の明かりを取り戻すと、ポルトルは言った。
「リスベルさんって、魔法使いだったんですか」
 振り返ったリスベルをじっと見つめながら、ポルトルは驚きのせいなのか、震える声で続ける。
「俺、初めて見ました、魔法が使える猫なんて。
魔法なんて小さい頃に読んだ物語世界の産物で、この世界に無いと思っていました。
ずっと昔に、使える猫がいたって話は聞いたこと、あったんですが……本当だったなんて」
 ポルトルが口を閉ざすと、リスベルは微笑んで頷いた。
「ええ、私は魔法使いです。
魔法使いというのは、元々、黒い竜の力を抑えるためにイージスに力を与えられた猫たちのこと。
私は、その末裔(まつえい)。だから使えるんです、魔法」
 その言葉にポルトルは目を輝かせた。
「なんか格好良いですね、末裔なんて」
「ポルトルさんも何かの末裔ではないのですか?
狼力(ろうりょく)という変わった力をお持ちでしょ」
 リスベルの言葉に、ポルトルはなぜだか急に肩をすぼめる。
「……でも、おいらは、リスベルさんみたいにすごい猫じゃないんです。
銃だって、実力だって、その他大勢に含まれるんだ。
おいらはおちこぼれなんです。
末裔だなんて、名乗る資格もないのかもしれない」
「どうしてです?」
 リスベルは不思議そうな顔をする。
 ポルトルは、足元へ向けていた顔を――少しだけ上げ、二匹へ向けてはにかんだ顔をつくった。
「俺の兄が、いつも俺の事をそう言ってました」


「おーい、みんな」
 その時、リックとルークの声がした。
 三匹は振り返って、やってくるふたりの方を見る。
 こちらへ近づきながら、ルークが三匹へ問いかける。
「もう、みんな買い出しは終えたの?」
「ええ」
 リスベルがそう返事をすると、ルークの後ろからひょっこり顔を出したリックが言う。
「そろそろ昼だよな。
俺たち、ばっちり情報を仕入れたぜ。
メシでも食いながら話そうぜ」

 ルークは皆の頷く様子を見、
「そうだね、お昼食べに行こう」
 と言った。


 五匹は、宿屋を出た。


 ルーク達は大通りではなく、探索がてら、横道に入って食事をするための店を探した。
 閑静なたたずまいの店が並ぶその通りは、通行猫たちも幾分落ち着いた猫が多かった。
 辺りを見回しながら歩いていると、どこからかいい匂いがしてきた。

「あぁ、何だかうまそうな匂いがする。あ、あの店からだぜ」
 先頭を歩いていたリックは、腹の虫を一つ鳴かせると、一目散に駆け出した。
「もうリックってば」
 ルーク達は少し早足で、そんなリックを追った。





― 一軒の店の前―

 先に着いていたリックは、店先でルーク達が来るのを待っていた。
 左右へ小刻みに身体を揺らし、嬉しそうな顔でこちらに手を振っている。
「揚げ物のニオイがするね」 
 ルークの鼻に、油のにおいが掠めた。
「エクレアの建物にしては、変わった造りですね」
 リスベルの呟きに、ルークも「本当だ」と相づちを打った。

 その店は、木に特殊な黒い染料を塗って建てられた建物のようだった。
 一見、その建物の黒い色彩により、暗い店に見えそうだが――鮮やかな花を咲かせる草花が軒下に置かれ、大きな窓からは明るい雰囲気のある店内の様子が見える。
 店の屋根に、白い文字で大きく"ショクジヤ"と彫られた看板が立て付けられていた。
 ……店の入り口へは、短い螺旋階段を使うようになっていた。
 螺旋階段をのぼった先に、リックが手を振りながら立っている。

「早く来いよっ」
 振っていた手をお腹に当てて、リックは「もう腹ぺこ」と言わんばかりの表情をしている。

 ルーク達四匹は、螺旋階段をのぼり、待ちくたびれた様子のリックの側へと辿り着いた。
「遅いぜおめぇら」
「リック・ゴードンが早く行きすぎじゃないのかぁ」
 ポルトルが溜め息混じりにそう言うと、リックは腰に手を当てて言い返す。
「何言ってんだ、俺を"食求不満"にさせるきかぁ。
"急がば走れ"って言うだろ」
 それ聞いたリスベルが、
「急がば走れ、って何ですか」
 と首を傾げる。
 するとリックは、
「そうだぁリスベル。
急がば走れ……これはじいちゃんから教わった諺(ことわざ)だ。
急いでいる時は、走れってこと。テキパキ動けってことだよ。
他にも、"泥水飲むな""腹痛なめるな"とかあるぞ。
俺は全部経験済みだ。じいちゃんの言っていた事は正しかった」
 と言い、続けて、
「ちゃんと、頭に入れとけ。
この世界を生きていくためには、覚えておく必要がある」
 リックは真摯な眼差しで、リスベルの肩を叩いた。
 リスベルもまた真剣な顔つきで頷いていた。

 ルークとポルトルは、顔を見合わせて苦笑した。

「入るぞ」
 ロブスターは紫色のマントを翻し、店の扉を開け、入っていった
「おっおい、おめぇは俺が大切な話をしてる時に」
 リックは怒りながらも、駆け足でその後に続く。
 残されたルーク達三匹も、
「入りましょう」
 とリスベルが言い、『和やかな一時を』と書かれたプレートをつけた扉を開け、店内へと入った。





――お食事処・ショクジヤ――

 店の外と同じくらい、店の中も変わっていた。
 店内はあからさまに木造であることを表に出していて、風通しを良くするためなのか、足元は格子状、天上は吹き抜けになっていた。
 壁には、白くて長い紙に、墨で書かれた"お品書き"が貼り付けてある。
 店の人の趣味なのか、白い陶器の虎や馬といった置物が、それぞれのテーブルの席に飾られている。
 このお店を誰かに勧めるために言葉で説明すると、きっと高貴なお店のように聞こえてしまうだろうが――“こぢんまりした海岸沿いの小さなレストラン”といった雰囲気だ。

 店内は、昼時を外したせいか、疎(まば)らな混み具合だった。
 ロブスターとリックの二匹は、すでに窓際の席で腰を下ろしている。
 ……リックに至っては、もう注文をしているところだった。
 ルークとリスベルとポルトルは、二匹のところへと向かって歩いた。

 ルークはリスベルの横に座った。
 隣に座るリスベルは、店の壁に書かれてある“お品書き”を見上げている。
 ……このお店では、壁に書かれたメニューを見て、注文するようだ。
「ルーク、このお店変わっていますよ。
しわしわした素材の紙に、掠れた字で書かれたメニュー表が壁についています。
それに、リックは先ほど"オサシミ"という料理を頼んでいました。聞いたことのない料理ですよ。
私は何にしましょうか……あっ"大魚の兜焼き"って面白そうですね。
あっ、でも"亀のジリジリ焼き"も面白そうですぅ」
 そんなリスベルに、ルークは、
「面白いものじゃなくて、美味しそうなのを選ぼうよ」
 と苦笑した。

「では、どんなのが美味しいものなのですか」
 リスベルに質問されて、ルークはお品書きを端から端まで見渡しながら唸(うな)った。
「うーん……どれかな。
俺も知らない料理がいっぱいで、よくわからないよ。
オサシミに、天ぷら……ドンブリ?」
「どれもきっと美味しいですよ。
"オサシミ"は生魚なんかの身を薄切りにした物がお皿に盛りつけてある料理ですし、あそこの猫が食べている料理が"天ぷら"っていう揚げ物料理ですよ。
"ドンブリ"は、深めの大きな器に入ったもので――」
「ポルトルさんって、物知りなんですね」
 リスベルが感心した様子でそう言うと、ポルトルは照れくさそうに耳を撫でつけた。
 それを見ていたリックが、
「……全部、カウンターのところに書いてあるぞ。
どうせ見て言ったんだろう、何気どってやんだ」
 と、そこを指さし、鼻で笑った。
 ポルトルは眉を顰(ひそ)め、口を尖らせた。

 五匹はやってきた店員に注文の品を言い、料理が運ばれてくるのを待った。
 ロブスターは本を読み出し、リックはテーブルの上の調味料入れの蓋を開けたり閉めたりしてにおいを嗅いでいる。

 リスベルは、自分の正面に座るポルトルに、
「ポルトルさんはエクレア出身なのですか?」
 と質問をしていた。
「いえ、おいらはジャム・ダムルという街の出です。
エクレアからずーっと西南の方角へ行ったところにある街です」
 リスベルは分かったような、分からないような顔で頷いていた。
 会話を聞いていたルークは、二匹の話に加わった。
「随分遠いところから一人旅してるんだね。
ポルトルって、大人びてみえるけど……俺と同い年か、年下だよね?」
「ルークさんはお幾つなんですか」
 問われて、ルークが自分の年齢を言うと、ポルトルは小さな声で、「おいら先月に誕生月を迎えて十三になりました」と言った。
「じゅ、十三っ」
 思わずそう叫びそうになったルークの口を塞ぎ――ポルトルは自分の口元に猫差し指を押し当て、言う。
「……シーッ。おいら普段は十五、六に歳を偽ってるんで、秘密にしておいてください。
特に、リック・ゴードンには。きっとおいらを馬鹿にするに決まっています」

 その時、
「俺の名前呼んだか? さっきから何コソコソ話してんだ」
 身だしなみを整えていたリックが、手鏡を持ったまま三匹の方を見た。
 ルークは慌てて首を横に振った。
「な、何でもないよ」
「ルークは嘘つくとすぐ顔に出るんだ、分かるぜ。
……ま、俺は誰に何を言われていようが、気にしないけどよ」
 リックはそう言うと、手鏡で自分の顔を斜め下からや、頭上へ掲げて――横顔を見ながら「この角度が一番男前だな」などと呟き始めた。
 ルークは少し、ばつが悪い思いをした。

「ポルトルさんはどうして旅をされているのです?」
 注文を取りにきた時に店員が置いたお茶を啜りながら、リスベルが尋ねる。
 するとポルトルは、
「おいらは……」
 と言ったっきり、口を噤(つぐ)んでしまう。
 読書していた黒猫が、青い右目をちらりとこちらへ向けた。
 ルークは、興味津々顔のリスベルを手で制して、
「言いたくなかったら言わなくてもいいよ。
そういう事だってあるよ、誰にだって秘密はあるんだから」
 と微笑んだ。
 そんなルークの顔を見て、ポルトルは微苦笑して言った。
「……すみません」

 注文を取りに来た猫と同じ、若い雄猫が料理を持って近づいてきた。
「お、食事が運ばれてきたぜ。さてさて誰の料理からかな……」
 リックが嬉しそうに、身体を左右に揺らした。







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