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約二ヶ月半ぶりの更新です(苦笑) 大変お待たせいたしました。

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*第八話・お尋ね者とたずね者5*






 −第一闘技場前−

「あの恐い黒猫の兄ちゃんまで、いなくなっちまったぜ」
 ポルトルは壁に背を預けて、途方に暮れていた。
 足先で転がしていた小石を遠くへ蹴飛ばすと、はぁと溜め息をついて座り込む。
 視線を落とすと、ポルトルは左手に作った拳をギュッと握りしめた。
「でも俺は、絶対に竜石が欲しいんだ。
竜石使いになりてぇ……絶対に、何が何でも」
 大きな独り言を言うと、ポルトルは瓶に入った、炭酸の抜けた"オレンジサイダー"をグビッと飲んだ。

 瓶の中身が空(から)になった頃だった。
 こちらへ近づいてくる足音が聞こえ、ポルトルの耳がぴくりと動き、反応する。
「ポルトルさぁん」
 明るい誰かの呼び声に、ポルトルはすくっと立ち上がった。
 刺繍を施した白いローブを着た猫が、ぶつぶつ小言を言う猫の襟首を引きずって、こちらへやってくる――近づいて来るに連れ、それが待ちわびていた相手だと気づき、ポルトルの表情が和らいだ。
 ポルトルの前へ辿り着くと、ローブの猫は立ち止まる。
「リック・ゴードン、ここへ連れてきました」
 そう言った途端、捕まれていた襟首を開放され、リックは地面に尻餅をついた。
「いてぇっ。もっと丁寧に扱ってくれよリスベル。
ただでさえ俺はデリケートな猫なんだから、困るぜ」
 お尻をさすり、潰れたシッポの毛並みを整えるリックを見やり、ポルトルは咳払いした。
「遅かったじゃねぇか、待ちくたびれたぞ」
「こっちにもいろいろあったんだよ。
……何だ、待ちくたびれて、もうヘトヘトかい?
なら、やめても構わないぜ。
俺は大らかで優しい性格だから、ぜーんぜん、気にしないぜ」
 肩の調子を確かめるよう手で触りながら、リックは薄ら笑う。
「俺をからかってんのか、くそぉ。
お前を待っていて、十分、力の補充させてもらった。
俺は、勝つ! 勝って、お前の竜石を頂く!」
 ポルトルの大声に、リックはわざとらしく耳の穴をゴシゴシ掻いた。
 その上、大げさな動作で欠伸をし、痒くもないだろう癖に、首や背中を掻く仕草――表情は、まるでよく聞こえなかったとでも言わんばかりである。
 リックの様子に、ポルトルはもう一度「俺が勝つ!」と叫んだ。
「何? 勝つって? なぁに寝ぼけた事言ってんだ。
無理無理、一昨日来るこったな」
 手をひらひらと振る姿に、ポルトルは毛を逆立て、眉間にシワを寄せた。リックを睨みつける。
 悔しそうに唇の端を噛むさまは、見るからに怒りの形相だ。
 そんなポルトルを見てリックは、
「おっ、やる気になったか。
これくらい、火ぃつけてやんなきゃな。面白くねぇぜ」
 と端から見ても意地くそわるい嫌な笑い方をした。

「……リック、調子に乗りすぎだよ」
 ルークは心配そうな表情で、耳を頭に伏せた。
「何言ってんだルーク。
これくらいしなきゃなんねぇの」
 笑いながらリックがそう言うと、ロブスターが脅すような口振りで、
「図に乗りすぎだ。
相手をからかうヤツほど、後で痛い目に遭う」
 と言った。ロブスターの恐ろしい容姿と相まって、思わずリックはピクッと震える。
「ふ、不吉な事言うなっ。
お前ら、本当に俺の仲間か? おとなしく、声援でも送ってくれてりゃあいいんだよ」
 苛々と尾を振ると、リックは場内へ続く階段を上って行ってしまった。
 その様子を見ていたポルトルの、背中をパンパンとリスベルは叩く。
「相手はリックですが、ポルトルさん、しっかり自分の力、出して下さいね」
「……はい、俺、頑張ります」
 返事をすると、ポルトルもまた、場内へ向かっていった。
 その時、場内の方でリックが、
「リスベル、おめぇはどっちの仲間なんだよ! 俺を応援しろよ!」
 と叫ぶのが聞こえた。





−闘技場−

「客はサクラだけか……寂しいね。
せめて可愛い女の子とかいたらなぁ。俺、頑張っちゃうのに」
 決闘相手であるリックがそんな事を言っていたので、ポルトルは、
「コイツ俺を完全になめてやがる、許せねぇ」
 といった具合だった。
 イライラと尾を振り、歯形がつくまでに唇を噛むポルトルは、怒りの興奮状態に入っている。
 一方、リックはと言うと、不謹慎極まりないその態度と様子とは裏腹に、準備体操だけは気合いを入れてやっていた。
 その様子をしばしじっと見ていたポルトルは、抜け目がない性格なのだろう――リックが自分をからかいつつも本心はやる気である事を感じ取り、念入りに体操をし始めた。肩や手を、ポキポキと鳴らす。

「リック・ゴードン。俺が勝ったら、お前の竜石を頂くからな」
 ポルトルがそう言うと、リックは、鼻で笑った。
「……倒せたらな。
で、この俺様が勝ったら、お前はどうするんだ。
まさか俺にだけ条件をつけるだなんてしないよな、ポルトル・ピアース」
「わかってる、勝負は対等だ。
俺が負けたら、お前の旅の荷物運びでも何でもやってやる。
ってか俺は勝つからそんな事、どうだっていいぞリック・ゴードン!」
 ポルトルは上目遣い、口角をきゅっと上げた。その表情は勝ち気で溢れていた。
「いいねぇ……手加減なしだぜ」
 そう言って、リックは弓を構え――矢を取ろうと矢筒を見、ハッとした顔をする。
「あっ、そうだ忘れてたぜ。矢が一本もないんだった。
さっきの戦いで全部使っちまったんだっけ。
ま、でもハンデってことにしといてやる」
「俺との勝負の前に誰かと戦(や)ってたのか!? 俺の力をなめるのもいいとこだ」
 ポルトルは眉間にシワを寄せると、腰に携えていた銃に手を取り、その中に入っていた銃弾を全て抜いて――銃弾をポケットにしまい込んだ。
「おいおい銃使い(ガンキャット)が、そんな事でいいのかよ。俺と勝負できるのか?」
「銃弾は抜いたけど、銃を使わないとは言ってないぜ」
 ポルトルの妙な言葉に、リックはわけがわからない、と言った風に頭を振った。

 両者共に準備体操を終え、見つめ合うように、お互いの正面に立ちはだかった。
 口端に微笑を湛(たた)えて、ポルトルが聞く。
「あんたこそ弓矢無しで大丈夫かい、リック・ゴードン」
「俺には風の竜がついてるからな」
 リックは片手を腰に当て、自分の胸を叩いた。





−応援席−

 ルーク、リスベル、ロブスターの三匹は、階段を上って応援席へと移動していた。
 決闘するステージのすぐ側に座る。
 ……見晴らしの良い、特等席といったところだろうか。
 その応援席から見渡しても、三匹と決闘をするリックとポルトル以外、辺りに猫の姿はなかった。
「もう使われなくなった闘技場なのだろう。
今は不当な決闘を行う喧嘩場といったところか」
 周囲を見渡しながらロブスターが言った。

 ルークは闘技場をぐるりと見回した。
 色は寂れた灰色で、やや青みがかっている――壁はくずれかかっているところもあり、"入り口"だとか"待合室"のように見受けられる場所はあっても、扉や窓が壊れてしまって、その役目を果たしていない。
 リックとポルトルが対峙(たいじ)している石質のステージも、脆(もろ)くなっている箇所があるのが遠くから見ていてもわかった。

「ルーク、決闘って……何かを懸けて戦うって、素敵ですね」
 リスベルはなぜだか生き生きしていた。
 目を輝かせて、両手を胸の当たりで合わせている。
 表情からは、わくわくとドキドキで興奮している様子が窺える。
「うん……でもさ、もし、もしリックが負けたらどうなるんだろ。
俺、そっちが気になってしょうがないよ。リックが勝つと、思うんだけど……」
「ポルトルを仲間にすればいいじゃないか」
 その言葉に、ルークは目を瞬いて振り返った――言った主である黒猫は、飄々(ひょうひょう)とした表情で新聞を広げている。
 ルークは吃驚(びっくり)して、口をぽかんと開けていた。
 しばらく両者そのままの顔でお互いを見ていたが、ロブスターが先に口を開いた。
「冗談だ、気にする事はない……考えすぎだ、ルーク。
リック・ゴードンがポルトルに負けたとしても、そう簡単に竜石は奪えない」
「……どういう事?」
 ルークはそう尋ねたが、ロブスターは、
「リック・ゴードンが負ければわかる」
 と意地悪く答えただけだった。

「ルーク、ロブスターさん、もう始まっていますよ!」
 リスベルのその声に、ルークは顔を正面へ戻した。





−闘技場−

 ふたりとも、ナイフを手に戦っていた。
 リックは弓同様ナイフの扱いにも長(た)けているので、ポルトルのナイフ攻撃を上手く打ち返し、にやにや笑いを浮かべては「ほらどうした」と言った具合にやりあっている。
 一方のポルトルは、リックの表情に苛立って、本気でナイフで刺そうとしているようだった。
「おっかないなぁ」
「俺は真剣なんだ、その減らず口をやめろリック・ゴードン」
 キーンとナイフがかち合った。
 ふたりは後方へ下がり、やや上気した呼吸を落ち着かせながらも、相手の様子を窺う。
 リックはナイフを斜めに振って、つむじ風を起こした。
 ひゅんと音をさせ飛んだ風は、ポルトルの右袖を破く。
「なんだっ」
 ポルトルは破けた袖をおさえた。
「鋭利なつむじ風、"かまいたち"だ」
 にやりと笑うと、今度はナイフを交差させるよう振ってつむじ風を起こした。
 先ほどよりも大きな風が、交差した形を成して向かう――ポルトルはしゃがんで避けたが、被っていた帽子が翻(ひるがえ)り、紐が切れた。帽子が、風に吹き飛ぶ。
「帽子の下の髪型、決まってるぜ」
 ポルトルのくしゃりと寝た頭の毛並みを見やり、リックが言った。
 顔を上気させ、毛並みを逆立てたポルトルは、
「くっそぅ」
 と叫ぶと、ナイフを右手にリックへ迫った。
 刃物と刃物がかち合う、鈍い音が響く。
 怒りに目をつり上げたポルトルは、「俺をなめるなよ」と歯をむき出す。
 リックも、前へ前へ攻める。
 両者引かず、お互いの服を破ったり、時折切り傷を負わせたりした。
 しかし、前方へ乗り出すような体勢をしていたリックが、不意に後方へ後退った。
 思わぬ動きに、ポルトルが前のめりになる。
 その一瞬をリックは逃さなかった――身体が傾いたポルトルの首筋に、ナイフが突きつけられた。
 ナイフの刃先は、すんでのところで止められている。
 リックは見下ろすようにポルトルを見て言った。
「……俺の勝ちだ、降参しろ。
俺は命を奪うほど、悪質な野郎じゃねぇからな」
 ポルトルの喉がわずかに動いた――ナイフがあてがわれた場所から、赤い滴が伝い落ちる。ポルトルは手にしていたナイフを取り落とした。
 目だけを動かして、ポルトルはリックを凝視する。
 リックはにやりと微笑していたが――不意に腹の辺りに何かを感じ、
「……んっ」
 小さく声を漏らした。
 リックは視線を下方へ移動させる。
 腹に銃口が向けられていた。
「おいおい、弾無しの銃で悪あがきかポルトル・ピアース」
「できるなら悪あがきだってするさ」
 リックの腹に押し当てられていた銃が、突如青白い光を帯びた。
 それに気付いたリックは、身をよじった――と同時、ポルトルの銃が唸(うな)り声を上げた。
 何か姿態のあるものが、リックの側をものすごい勢いで横切っていった。
 銃から飛び出たものは、闘技場の壁にぶち当たった。
 壁はもともと脆(もろ)かったせいもあり、衝撃波を受けた部分は大破していた。
「な、何だ。獣の遠吠え……?」
 転びそうになり足もとに手をついていたリックは、再び銃口をこちらへ向けられ、息を呑んだ。
「俺の街に代々伝わる秘弾だ。
"狼弾(ろうだん)"って言うんだ、覚えておけ」
 ポルトルがそう言い放つと、光を帯びていた銃が、さらに青い輝きを増した。
 そして銃口から、獣の咆吼(ほうこう)が打ち出された。

 青白い光が銃から解き放たれた。
 光は次第に形を成し、それは獣――狼に姿を変え、リックへ襲いかかる。
 鋭い歯をむき出し、弾同様の速さで向かってくる青白い狼に、リックは身じろぎ尻餅をついてしまった。
 身を守ろうとナイフを持った右腕を振り上げると、その腕に狼は噛みついた。
 右腕に獣が噛みつく痛みと――全身に、ひどく身体を打ち付けるような風圧が降りかかる。
 鼻に、毛並みの焦げたにおいがした。
 リックはあまりの衝撃に、仰向けにひっくり返った。





−応援席−

「やはりただ者ではなかったな」
 ロブスターはそう言って、手にしていた新聞を一枚捲る。
「リック! あぁ、ポルトルの今の技、一体何なんだ。
弾の入っていない銃から、青白い狼……?」
 ルークが落ち着かなくそう言うと、リスベルが答えた。
「銃に神獣のようなものを宿しているのでしょう。
古代から特定の地域で用いられていた秘技というものは、私もいくつか知っています。
竜石に匹敵するとは思えませんが……それでも侮(あなど)れません。
リックは大丈夫でしょうか」
 リスベルは眉根を寄せ、胸元で合わせた両手を握りしめている。
「我々は見守るのみだ」
 新聞の端に視線を落としたまま、ロブスターが言う。
 ロブスターは始まりから、戦いの様子に気を配っていないように見えた。
 その姿に、ルークは「どうしてなんだろう」と思った――が、時折ちらりと青い右目を正面へ向けてはいるようである。
 ルークは不思議に感じながらも、ロブスターなりにリックを見守っているのだと思うことにして、
「そうだね」
 と頷いた。





―闘技場―

 形勢はポルトルが有利になっていた。
 何度か狼弾の攻撃を受けたリックは、負傷した右腕を押さえ、ただ攻撃を直に受けないよう避けているばかりである。
「もう終わりかリック・ゴードン」
 余裕ができたのか、ポルトルの顔はやや綻(ほころ)んでいる。
「……俺はまだやるぜ」
 切れた唇から流れる血をペロリとなめると、リックは微笑した。
 追いつめられているにもかかわらず、リックは落ち着き払っている。
「どこにそんな気持ちの余裕があるんだ。
どうして笑っていられる、リック・ゴードン」
 ポルトルはいらいらした面持ちでリックを睨め付ける。
 リックは微笑をやめた。澄ました顔になり、ポルトルの両眼を見据える。
「何か忘れてねぇかポルトル坊や」
 そう言うと、リックは傷ついた右腕を胸に当てた。
 何かをぼそりと呟くと、不意に、緑を帯びたつむじ風が巻き起こった。
 その風はやさしくリックを包み込み――見る間に切り傷を治癒していく。
「あっ、あっ」
 ポルトルは口をぱくぱくさせる。
 右腕の出血がおさまると、リックは恋猫に囁きかけるよう、右腕に宿る竜石に「ありがとう」と呟いた。
 つむじ風はおさまり、あたりに吹いていた風が止んだ。
「そろそろ本気でやらせてもらうぜ」
 リックの空色をした目に、強い輝きが差し込んだ。
 口端に小気味よい笑みを浮かべたリックの姿に、勝ち気に溢れていたポルトル表情が変わった。
 それでも、竜石を奪うという意志が強いのか、ポルトルは一歩足を踏み出す。
「負けない」
「……度胸は認めてやるよ」
 リックの言葉に、ポルトルはフンと鼻で笑った。
「行くぞ」

 そわそわと、リックのまわりに風が起こり始めた。
 ポルトルの右手に握られた銃が、青白く発光する。
 互いの風と光が一層強くなった瞬間――それらは相手へ向かって、解き放たれた。
 緑色の風が、竜へと変化する。
 唸り声を上げ銃口から飛び出た青白い光が、狼の姿を成す。
 真っ向からぶつかり合った竜と狼は、ものすごい風圧と光を放った。

「嵐を起こすくらいにぶつけてやるぜ」
 リックは風の竜に、威力を強めるよう命令する。
 ポルトルも狼弾を連続発射させ、勢いを止めない。
 唸り声と轟きが、互いの力をぶつけ合う。
 闘技場のステージがそれらの威力に耐えきれず、中央から徐々に崩れ始めた。





−応援席−

 ルーク達は瞬間瞬間を見落とさぬよう、戦いを見ていたが――石の破片やゴミが飛んでくるし、目を背けたくなるような光と風圧に、何が起きているのかわからなくなってきた。
 けれど懸命に、目を細めて、瞬きをしつつ正面を見る。
 力を強め巨大化した狼と、蛇の如く相手をしめつけようとする竜が争い合っている姿がステージの上で繰り広げられている。
 リックとポルトルの姿は、よく見えない。
 そのうち一層、竜と狼の争いは激化し、ついに目を開けていられなくなった。
 ルークはその場に座り込むと、はためく旅服を身体に押さえつけた。
 身体中を打ち付けてくる石の破片、猛風に耐えながらその場をやり過ごした。

 どれくらい時が経っただろう。
 周囲に溢れていた喧噪がおさまり始めた。
 そして、辺りが静かなったことに気付くと、ルークはそっと立ち上がった。
 目を強く閉じていたせいで、視界がぼんやりとする。
 ふと隣にいた存在を思い出し、振り返ると――顔には新聞紙を張りつけたリスベルが立っていた。
「ルーク……前が見えません、助けてぇ」
 リスベルの顔には、新聞が何枚も層になって張りついている。
 苦しそうにもがく様子に、ちょっと笑ってしまった自分を窘(たしな)めると、
「わかった」
 ルークは新聞を取ってあげた。
「ぷはあ。びっくりしました。
ところで、リックとポルトルさんは、どうなったのでしょう」
 リスベルは新聞が取れた途端、闘技場のリック達を見た。
 ルークも、新聞を畳んで、闘技場を見た。





−闘技場−

 闘技場のステージは、乱闘の末、大きく陥没していた。
 その端で、ポルトルが大の字で倒れている。
 リックは――倒れたポルトルの方へ、ゆっくりと歩んでいるところだった。
 リックも毛並みが少し黒こげたり切り傷があったりしたが、ポルトルはそれよりも擦り傷だらけで、毛並みには血が滲んでいた。
 近づいてくるリックに、ポルトルは顔を背けた。
「俺の、負けだ。トドメをさすならさせばいいさ」
 そう言ったポルトルのすぐ側まで近づくと、リックは右手を差し出す。

「手ぇ、掴まれよ」

 その言葉に、ポルトルは目を丸くした。
「何のつもりだ」
「俺は野蛮な真似をするつもりはない。
あんたにトドメをさす気なんて、そんな気は……狼弾食らった時はムッとしたけど、今はない。
言っただろ……俺は良いヤツだって」
 リックはそう言って、更に右手を差し出した。
「……良いヤツだなんて、聞いてないけどな」
 口を尖らせつつも、ポルトルは困ったように眉根を寄せて、リックの右手を掴んだ。
 立ち上がると、ポルトルは見据えて、
「お前の勝ちだリック・ゴードン」
 と言った。
「お前もなかなかだったぜ、ポルトル・ピアース」
 ふたりは互いの顔を見合わせると、ニヤリとした。

 ポルトルはひとりで歩くのが辛そうだったので、リックは、
「肩貸してやるよ」
 と言って手伝う。
 肩に腕を回しながら、
「ひどい顔だなぁ」
 とリックが言うと、
「お前のせいだ、いいよもう、肩なんて貸すな」
 ポルトルは身体を引っ込める。
 けれど、そうはさせるかとリックは横腹あたりをコショコショとくすぐって、ポルトルが苦しそうに笑っている間に、ひょいと腕を取って自分の肩にのせた。
 ふたりはのろのろと、闘技場のステージを降り、観客席の方へと歩み始めた。





−応援席−

「終わりました」
「俺はもう疲れたぜ」
 そう言って、リックとポルトルが現れた。
 リスベルはふたりに近づくと、
「良い決闘でした」
 と言って、リックの腕にある生傷をつっついた。
「痛ぇっ、何しやがる」
 リックは飛び上って、涙ながらに言った。
「触るやつがあるかよぉ」
「だって、よくできた傷だと思いまして」
 そう言ってリスベルが可愛らしい笑顔をすると、
「……そっかよ、今度から俺に断ってからにしろよな、不意打ちはやめろ」
 リックは腕の傷にフウフウ息を吹きかけた。
 その時ポルトルがリックの足にある傷に触れる――リックは雄叫びのような声で絶叫した。
 ポルトルはリックの方を見やると、半笑いの顔で、手に何か摘んで言う。
「ゴミがついてたから取ってやった」
「それは瘡蓋(かさぶた)だ! おめぇ、絶対わざとだろう。
覚えとけよ……あぁ痛ぇ、くそぅ」
 リックは目の端でポルトルを睨みつけつつも、今は痛さでそれどころじゃなかった。
 そして、漸(ようや)く痛みが引いた頃、リックは辺りを見回した。その目にウトウトしている猫の姿が映る。
「ルーク、何寝てんだっ」
 リックの大声に、ルークはピクッと毛を逆立てた。
「お、俺寝てた? ……ほっとしたら眠くなっちゃった、ごめん」
「仕方がないですよ、ルークはボルシチ・アーサーとの戦いでお疲れなんですもの」
 リスベルが慰めるように、悄(しょ)げているルークの肩を抱く。
 続いて、リックは後ろを振り返り、そこにいた黒猫を見るなり言った。
「で、ロブスター、おめぇーは何してんだよ」
 黒猫はリックの顔も見ずに、
「刀の手入れだ」
 と答える。
 
「何だ何だ、誰も俺の戦いぶりを最後の最後まで見てくれてなかったのか!
俺が無事、ここにやってくるまで。
……仲間なんだぜ、心配とかないのかよっ」
 心外だぜ、とリックはその場に座り込む。
 そんなリックに、リスベルは言う。
「ちゃんと見てましたよ。ルークもロブスターさんも私も」
「でも現に、俺がここへやって来た時、ルークは寝てたしロブスターは刀の手入れだぜ。
俺の心配なんて、俺のことなんてどうでも良かったんだろう」
 何だかリックは拗ねた子供のようだった。
 頬を膨らまして、明後日の方向を向いている。
 ルークは、自分にも過失があったので、何も言うことができず俯(うつむ)いていた。
 すると、
「最後まで見なくても、お前が勝つとわかっていた」
 と低い声でロブスターが言った。
 その言葉に、リックの目が見るからに真ん丸く、驚いた様子になる。
「……それって、俺を信じてくれていた、って事?」
 ロブスターは何も答えなかった。
 けれどリックは、その何も言わぬ沈黙の中から、自分で答えを見つけたようで、
「なーんだ、そういう事ならそう言ってくれりゃあいいのに。
つまり、この男前リック・ゴードンは信頼されているイイ男ってことなんだな?」
 そう言って、リックがいきなり振り返り、ルークは返事を求められたので、
「うん、そういう事」
 と頷いた。
「なるほどな、しかしおめぇら照れ屋さんだなぁもう。
だったら素直にそう言やあいいのによぅ」
 リックの妄想は止まらず、にやにやと嬉しげに笑い始めた。すっかり機嫌を取り戻したようだ。
 ルークは、そんなリックを見ていて、小さな罪悪感に苛(さいな)まれた。
 ため息をついていると、黒猫が耳元で小さな囁きを残した。
「他者がそれで喜ぶならば、己の罪もまた蜜の如く」
 振り返って見上げると、黒猫は口元に隠微(いんび)な笑みを浮かべて、去っていった。
 その大きな後ろ姿が階下へ降りていくのを、じっと見つめ続けていると、
「ルーク、ぼんやりしていますよ」
 リスベルが小首を傾げて顔を覗き込んできた。
 しばらくそれさえも気付いていなかったが、鼻を摘まれてルークは我に返る。
「わっ、あっ、リスベル」
「闘技場から出ましょう。
ルーク、ポルトルさんに手を貸すの、手伝ってください」
 そう言われて、ルークは「うん」と頷きふたりの側へ駆けた。
 リスベルの反対側に回ると、ルークはポルトルの腕を自分の肩に回した。
「ごめんな、ルークさん」
 ポルトルが申し訳なさそう言った。





−第一闘技場前−

 ポルトルに手を貸して、ルークとリスベルが最後の一段を降りた頃、
「んじゃ、腹減った事だし……メシでも食いに行くか」
 とリックが街の大通りへ向かって、歩き出そうとしていた。
「ポルトルさん、そう言えば私が調合した魔法薬がありました。
お飲みになって下さい」
 リスベルはローブから、小瓶を取りだした。
 小瓶の中から取り出された、黄色い錠剤薬を恐る恐るポルトルは口に入れる。
 途中で液化した薬にびっくりしつつ飲み込んでしまうと、
「ありがとうございます、リスベルさん」
 ポルトルは頭を下げた。

「おい、何トロトロしてるんだよ」
 リックが駆け戻ってきた。
「ポルトルは怪我してるんだ、そんなに早く歩けないよリック」
 困ったようにルークが言うと、リックは「そうだったな」と言って耳の後ろを掻いた。
 そして右腕を振り下ろし――緑色の優しい風を吹き起こした。
 ポルトルの傷が癒えていく。
「これでいいだろ」
 リックは鼻の頭を触りながらそう言った。
「……ありがと、リック・ゴードン。
もうひとりで歩けます、ルークさんリスベルさん、ありがとうございました」
 ポルトルはペコペコと頭を揺らし、礼を言った。
 その時、先ほどまで姿がなかった黒猫が、片手につばの広い山高帽子を持って現れた。
「忘れ物だ」
「俺の帽子……えっと、ロブスターさん? ありがとうございます」
 黒猫は構わないとでも言うように片手を振った。
 ポルトルは頭の毛を撫でつけると、帽子を頭にかぶった。

「おーい、メシ行くぞっ。
荷物運びも行くぞー、メシだメシ」
 リックが通りの角で叫んでいる。

「……もしかして、荷物運びって俺の事?」
 ポルトルが自分を指さしているのを、遠くからわかったのか、リックが上下に首を振っている。
「行きましょう」
 リスベルが言う。ルークも、
「ああ見えても、リックは良いヤツなんだ」
 と笑った。
 その横でロブスターが、
「食べ物にうるさい男だ、よく腹も減るやつだしな」
 と遠目でリックを見つめて言う。
「……そうなんですか」
 ポルトルは、飛び跳ねながらこっちに大きく手を振るリックを、少し慕ったような表情で見つめていた。


 一方リックは、こっちを見つめたままのルーク達を見て、
「何で、あいつら来ないの?」
 と不思議そうに首を傾げていた。

「リック、何か変だなぁって見てるよ。
……そろそろ行こっか。
きっとリック、めちゃくちゃ食べるよ晩ご飯」
 ルークがそう言うと、リスベルとポルトルがクスッと笑った。
 四匹はリックのところへと、歩き始めた。
 街の角へ辿り着いた頃には、
「四匹とも、もっとしゃっしゃと歩けないのか? 俺様もう腹ぺこ」
 と言って、リスベルの頬にかぶりつくふりをしたので、ロブスターが呆れ顔になった。

 空は、夕焼け色に染まり始めていた。
 沈みゆく日は穏やかな陽光で、エクレア・イーネの街を包んでいく。
 白い街並みが暖色に色づき、海の寒色とコントラストを描いた。
 石畳の上に、縦長に伸びたルーク達の影は五つ。
 離れ重なりする五つ影は、大通りの方へと消えていった。








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・・・第八話についてのひっそりコメント★
(登場猫物紹介・まとめなど)



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