[PR]三井住友海上きらめき生命:医療保険のご案内と資料請求はこちらから

エクレア・イーネの街に到着、けれど長い船旅のせいで…

quartz

*第八話・お尋ね者とたずね者1*






「あぁ、ううう」
 リックは俯き加減でのろのろと歩いていた。
 その様子を、リスベルは時折立ち止まりながらうかがっている。
 ルークは、歩調は先頭を歩くロブスターについていきながらも、リックを気がかりに見ながら歩いていた。

「うええぇ」
 口に手を当てて、リックが地面に膝をついた。

「リック大丈夫っ」
 ルークが駆け寄ると、半分しか開いていない目でリックがこちらを見た。
「今日の俺は、絶不調。
慣れねぇ船旅で、降りた今でも揺られた気分。
ってか、昨日、全然寝てないんだ……俺。
あぁ、気分わりぃ」
「顔色とっても悪いよ」
 リックは肩を落としていて、歩き方にもいつもの元気良さは見られない。
 見ているルークまで、気分が落ち込んでしまいそうだ。

「ずっと騒いでいたからだろう。
昨日はお前の呻き声で気分が悪かった」
 肩越しにロブスターがそう言うと、リックは直ぐさま対抗して、
「よく言うぜ、俺は、お前のナイフの研ぎ音で眠れなかったんだ!
それにだなっ……お、おえぇ」
 と勢いよく言ったものの、嗚咽(おえつ)と吐き気のせいで、続きは発せられなかった。

 ロブスターの足が急に止まった。
 それに自然と、ルーク、そしてリスベルの足も止まる。
 正面を見ていなかったリックは、軽くリスベルの背中につんのめった。
 背中を押され、バランスを崩しこけそうになったリスベルが、ルークの胸にぶつかって、
「あぁ、すみませんルーク」
 と言って耳を撫でつけた。
 先ほどまで足元に向けられていた顔を上げたリックは、自分を見ているロブスターを睨みつける。
「……」
「……」
 無言で、二匹は睨み合いを始めてしまった。

「ま、まぁまぁ、二匹とも」
 ルークは間に入り、慌てて宥(なだ)めた。
 けれど両者相手を睨みつけたまま、一歩も引こうとはしない。
 ロブスターは上から見下ろすようにして。
 リックはじりじりと挑みかかるように近づいて。
 互いの鼻と鼻とがぶつかり合いそうだ。
 間に挟まれたルークは、どうしていいかわからなくなってしまい、困ってしまった。

「皆さん、見て見て!
変わった建物に、たくさんの猫たちっ」
 突然暢気な明るい声が、気まずい、滞った空気の流れを変えた。
 ルークが振り返ると、リスベルがにっこりと笑っていた。
 指をエクレアの街の方へ指さして、「ほら見て下さい」と言う。
 睨み合っていたリックとロブスター、そして間に揉まれていたルークも、思わず指し示された方へ視線を向けた。

 気づかぬ間に、四匹はもう街の入り口へと辿り着いていた。
 そびえ立つ "エクレア・イーネ"と書かれた門の向こうから、先ほどまで気づかなかったのが嘘のように、広がる街の活気が聞こえてくる。
 ルークは一歩前に歩み出た。
「白壁の街、エクレア」 


 白い石畳、白い建物がたくさん建ち並んだ街並み。
 街に入ってすぐそこには、大きな通りがあり、あらゆる店がズラリ。
 様々な毛色に毛並みの種類、格好をした猫たちが、賑やかな通りを歩いている。
 闘技場があるせいか、服の袖を捲り上げ、逞(たくま)しい二の腕を見せつけて歩く猫達が何匹も。
 旅猫(クォーツ)、商猫の足並みは早い。
 街の入り口は、目まぐるしく猫達が行き交っていた。
 そして、船から降りた旅猫達の背を、潮風が後押しするよう街の中へと誘(いざな)う。


「早く行きましょうよっ」
 リスベルが両手を握りしめて、喜々とした顔で言う。
 エクレアの街、そしてリスベルを交互にぼんやりと見ていたルークは、「行きましょうよ」と再度声を掛けられて、頷いた。
「うん、そうだね……行くかっ!」
 ルークは後ろの二匹を見た。
 ロブスターはリックから目をそらすと、紫色のマントを翻し、何事もなかったように歩きだした。

 門のところで、短刀を腰に差した雄猫が、エクレア特有の挨拶をして猫達を出迎えている。
 ルーク達が側を通ると、
「ようこそ、海からの旅猫諸君」
 雄猫は自分のしっぽの先を右手に、左手を胸の前に寄せて頭を垂れた。
 胸には街の警備猫の象徴、七角のあるポリスキャットのバッジが輝いていた。

 しばらく歩いていると、後ろからリックの悪態と呻き声がまた聞こえてきた。
「ったく、ロブスターのやつ、何だってんだ……うぅ、おえ」
 気分の悪い波が再びリックを襲ったようだ。
「大丈夫ですか? あ、皆さん歩き始めましたよ」
 リスベルはリックの腕を引っ張りながら、歩きだした。

「俺、このまま死んじまうかも……だってすっげぇ気分悪いしよぉ。
生涯始まって2度目だぜ。
暗闇でこっそり、気づかずに食っちまった"腐ったチーズタルト"以来」
 腕を引きながら、リスベルは心配そうに言った。
「どこかで休みましょうか、リック? ……ルーク、ロブスターさん、どこかで休憩しましょ」
 ルークは立ち止まった。
「そうした方がいいかもしれない」
 そう言うと、ロブスターの顔を見た。
 ロブスターは無言で振り返った。
 無表情な黒猫を見上げて、リスベル言う。
「リックは気分が悪くて、ロブスターさんにつっかかってしまったのですよ。
ね、リック、そうですよね?」
 リスベルは振り返る。
「……ふん」
 リックは不貞腐(ふてくさ)った様子でいた。
 その様子を静かに見ていたロブスターだったが、ふと口を開いた。
「良い店を知っている……ついて来い」
 言うと、先ほどより遅い歩調で、ロブスターは歩きだした。
 しばし三匹の子猫はきょとんとする。
 少しの間黒猫の後ろ姿を見つめていたルークだったが、ハッとして言った。
「行くよ、リック」
 そしてリスベルも、
「ロブスターさん、良い店を知ってるみたいですよ。
リックのために、連れて行ってくれるんですから。さ、しっかり歩いて」
 と言い、再びリックの腕を引っ張り、歩かせた。

「あぁあぁ、やめてくれよ、俺ちゃんと一匹で歩けるぜ」
 リックはそう言うと、リスベルの手を払った。
 腕を大きく振って、早足でロブスターに追いつくと、対抗心むき出しの顔で歩いている。
「……気分が悪くても、態度はいつもと同じ」
 ルークの隣で、リスベルが呟いた。
「ほんとだね」
 そう言って横を向くと、リスベルは微笑した。


 それからすぐだった。
 ちょうどルーク達がエクレアの街の中へと入ろうとした時。
 急に後ろから誰かを呼びかけるような叫び声が聞こえた。
「おめぇら待てっ!」
 聞こえてくる言葉は、あまり丁寧とは言い難い。
 若い雄猫の声音だ。
 辺りの猫たちがきょろきょろとするのを見て、ルークも好奇心から、ちらりと後ろを振り返った。
 けれどすぐに、前を向いて、先頭を歩くロブスターの後を追った。

「待て、そこの旅猫(クォーツ)どもっ!」
 また誰かが叫ぶ。
 もの凄い大声だ。
「誰の事でしょう? そこの旅猫(クォーツ)って」
 リスベルが後ろを振り向こうとするのを、リックが止めた。
「ダメだぜリスベル、関係ないのに振り向くな。
こういう時は、"他猫の振り"だ。
俺たちは大事な旅の途中なんだからな」

「おめぇ達の事だよ! そこの四匹の旅猫!」
 周囲の猫達が、ルーク達の方をちらちらと見ている。
「私たちの事でしょうか」
「……なのかな」
 ルーク達は互いに顔を見合わせながら、足を止めて振り返った。

 四匹の後ろに一匹、背の低い雄猫が立っていた。
 薄い灰の毛色に、濃い灰色の渦模様で癖毛。
 気の強そうな青い目が、ルーク達を一匹一匹見渡すように見つめている。
 頭には、山の部分が高くてつばの広い、変わった帽子。
 そんな帽子からは、二つの耳が飛び出していた。
「やっと振り向いたか、そうだ、おめぇ達の事だよ」
 その猫はそう言って、数歩ルーク達の方へ歩み寄ると言った。
「おいらの名は"ポルトル・ピアース"。
銃使い(ガンキャット)だっ」
 そう言って、ポルトルは、腰に携えていた銃をこちらへ見せつけた。

「誰かの知り合い?」
 ルークは振り返り、三匹を見たが、皆、首を横に振った。

「あんなやつ知らねぇぞ……うぇ、気分悪いったらありゃしねぇ」
 リックは眉間にシワを寄せ、リスベルは
「どちら様ですか? 私たちに何か」
 と、その猫に尋ねた。

「おいらはポルトル・ピアースだ。
おめぇ達に用があるんだよ……正確には、"お前達の持つ竜石"にだけどな」
 ポルトルの言葉に、ルーク達は驚いた。
 四匹の顔色が変わるのを見てか、ポルトルがにんまりと笑う。
 見たところ、子猫であるこのポルトルが、どうして竜石のことを知っているのか――ルーク達は警戒した顔つきでポルトルを見た。
「竜石を知っているのか。
何者だ……黒い竜の手先か、そうなら容赦はせん」
 ロブスターがそう言って、"紫竜刀"を抜こうとしたのをルークは、
「待って」
 と言って止めた。

 ポルトルはロブスターに震えている。
 口を一文字に結び、しきりに瞬きをしていた。
 気のせいだろうか――うっすらと、目頭が潤んでいる。

「そうじゃないみたいですよ、ロブスターさん」
 リスベルがそう言うと、ロブスターは刀の柄から手を離した。

「こ、こわい兄ちゃんに用はない。
俺が言ってる、用のあるヤツは……おめぇだ!」
 ポルトルはそう叫ぶと、指をさした。
 その指先が、ある猫に向けられている。
「お……おぇ?」
 また吐き気に襲われていたリックは、口に手を当てたまま顔を上げた。
 ポルトルはそんなリックの様子に、少し自信を取り戻したのか、声を大きくして言った。
「そうだ、おめぇだ、リック・ゴードン。
おいらはおめぇに、決闘を申し込む」
 そう言うと、ポルトルはニヤリと笑った。

 一瞬の間があった。
「はぁ?」
 目を丸くして、リックは言った。
 突然の、あまりのことにルークも驚いた。
「決闘だって? それに、な、何で俺なんだよ。
他にも竜石使いはいるだろ」
 吐き気がおさまったのか、リックが面倒くさそうにそう言うと、ポルトルは、
「だって、お前が一番弱そうだから」
 とはっきりとした口調で言った。
 リックの毛並みが少し逆立つ。
「はぁっ? 何言ってやがる。
言っておくけどな、俺がこの中で一番つえぇんだぞ! ……ぅ、うえぇ」
 その言葉に、今のリックの身体はついてきてはいなかった。
 そこにつけ込んで、ポルトルは調子よく言い放つ。
「口ばっかりだぞ、リック・ゴードン」
 深くかぶった帽子の下から、ポルトルの青い目が半月を描く。
 リックは、胸から込み上げてきたものを喉を鳴らして押し戻した。
 そして、頬をぴくぴくと引きつらせながら、絞り出すようにして言う。
「うっせぇ、何なら勝負してやろうじゃねぇかっ」
「そう来なきゃ」
 ポルトルはニヤリと、勝ち気に溢れた笑みを浮かべた。

「リック、まんまと乗せられたんじゃ」
 ルークがそう呟くと、それが聞こえていたのか、澄まし顔のロブスターが言った。
「実に、的を射た答えだ」
 黒猫を振り仰ぎ、「ロブスター」と少し怒った声で言った。
 悪戯っぽく、黒猫は微笑した。

「決闘の場所は"第一闘技場"。
時刻は……"噴水時計がピンク"になった時だ」
 ルーク達はポルトルが指さした、小さな噴水を見た。
 あちこちの日当たりの良い道端に置かれている噴水は、どれも同じ色を帯びている。
 現在噴水の色は、濃い黄色をしていた。
「今から一時間後あたりか」
 ロブスターがぼそりと言った。

「いいか! リック・ゴードン。
決闘場に来なかったら、"このポルトル・ピアース様に怖じ気づいた事"を意味するからな!」
 ちゃんと場所に来いよと、釘を刺さんばかりの言葉を言い放つと、ポルトルは猫混みの中へと消えていった。


「ったく、腹が立つ野郎だぜ」
 混雑した界隈を、リックはムッとした顔で見続けていた。
 そんなリックの後ろ姿を見ながら、ルークは問うた。
「リック、本当に戦うつもりじゃないよね」
 返事をしようと振り返ったリックは、
「う、うえぇ」
 気持ちが悪い波が戻ってきたのか、地面を向いた。
「大丈夫ですかリック」
 リスベルが背中をさする。
 地面を見つめたまま、胸を撫でつけながらリックは言った。
「売られた勝負、このリック・ゴードン受けないわけにはいかねぇよ……ぅぅ」

「頭を冷やせ、そんな状況で戦えるのか」
 ロブスターもそう言って聞かせたが、リックは近くの"噴水時計"を見つめると、
「勝負は一時間後だぜっ、なんとかなる」
 と言い張った。
 けれどリックの顔色は、依然悪かった。

「とりあえず、少しでも休まなきゃ」
 ルークの言葉に頷いて、リスベルは黒猫の方を見た。
「ロブスターさん、案内お願いします」

 ロブスターは歩きだした。
 たくさんの猫混みの中を、三匹もロブスターの後について歩きだした。



 ポツ……ポツポツ

 鼻先に、水が数滴落ちてきた。
 ルークは空を見上げた。
 どんよりとした分厚い灰色の雲が、街の上全体を覆い始めている。
 また数滴、今度はルークのおでこに落ちてきた。
「雨だ」

 太陽が雲に隠れた。
 辺りが薄暗くなり、鼻ににおう、雨のにおいがきつくなる。
 旅服に、通りの白い石畳に、ポツポツと降りだした雨が染みをつくっていく。
「通り雨だろう。
だが、直(じき)に強い雨になる」
 そう言ったロブスターの歩が早足になった。
 三匹の子猫は、そんなロブスターを半ば駆け足で追いかけた。
 旅服と、猫達の毛並みを、じっとりとした雨が濡らしだす。
 毛並みを濡らすのを好まないため、帰路や雨宿り探しを始めた猫達が、慌ただしく通りを行き交い始め――前から後ろから、行き交う猫達の身体や荷に押され、ぶつかった。
 後方へ押し戻されたり、前方へ強く押され転びそうになりながらも――ルークは必死で、黒猫の背を追う。
「ごめんよぉ、荷車が通るよぉ、どいとくれぇ」
 後ろから荷車を引いた猫がやってきた。
 車輪に引き込まれないように、ルークはしっぽを自分の身体へと寄せる。
「ごめんね、すまないね」
 ルークは通りの端へ寄って、荷車が通りすぎていくのを見送った。
 そして、しっぽを落ち着かせ、辺りをきょろきょろと見回した。
「……ロブスター、見えなくなっちゃった」
 つま先立ちをして、猫混みを見渡したが、ちっとも見えない。
 困り顔で数歩歩き始めると、猫混みが途絶えたところから、
「おいルーク、ここだぜ!」
 リックが大きく手を振り、手招きしているのが見えた。
 ルークは慌ててそこへと駆けた。
「ロブスターはあそこだぜ、おいリスベル、しっかり走れよ」
 リックは前方彼方を指さすと、隣で息を切らすリスベルの背中を軽く叩いた。

 はぐれないように、三匹は急ぎ足で向かう。
 足取り速い黒猫は、どんどん遠ざかっていくような気がする。
 黒猫を見失わないのが唯一の救いだった。
 街猫たちより頭一つ分出ているので、三匹はロブスターを見失わずに追いかけることができた。


 ロブスターが急に立ち止まり、振り返った。
 三匹が揃うのを確認すると、
「……あそこだ」
 そう言って、ロブスターは赤紫色の看板を指さした。
「もう少しだね。
リック、猫混みからもうすぐ出られるよ」
 ルークはそう言い、地面を向いて呻いているリックを励ました。

 ザザザーーーッ

 急に雨足が強くなった。
 通りの猫たちの足並みが、さらに早くなる。
 三匹の子猫は、そんな猫たちに、揉みくちゃにされそうだった。
「こっちだ」
 ロブスターがそれぞれの服や腕を引っ張り、三匹を屋根の下へと引き入れた。

 ザザザザザーーーッ

「雨、ひどくなりましたね……ロブスターさんの言葉、的中です」
 ローブのフードを後ろへ押しやりながら、リスベルが言った。
 ルークは濡れた毛並みを撫でつけ、
「何とかビショビショにはならずにすんだね。
リック、もうゆっくりできるよ」
 と言って振り向いた。
「そうだな……あぁ、いい匂い。
それにしても、めちゃくちゃいい匂いがしてくるぜ。
うまいモノが、俺を誘惑している」
 リックは店の入り口扉に張り付いていた。

「……本当ですねっ」
 リスベルもやって来て、二匹揃って、扉に顔をくっつけている。
 その様子を、ロブスターは呆れているのか、黙したまま見ていた。
 ルークは顔を真っ赤にして、慌てて二匹を止めた。
「リスベルまで……今からお店に入るんだから、そんな事しなくても。
恥ずかしいよ、ふたりともっ」





−メアリーア・ケーキと飲み物と音を奏でる店−

 カランカラン

 扉を開けると、可愛らしいベルの音が鳴った。
「いらっしゃいませ」
 気立ての良さそうな雌猫の店員が出迎えに現れた。

 店内は、古い歴史を感じさせるような色合いに統一されている。
 どこか高級感のある黄色、オレンジ、ピンク色を基調とした壁。
 さりげなく掛けてある壁飾りであっても、よく見れば細かな細工や、値打ちのある鉱石が嵌(は)め込まれている。
 ――この店にそぐわないかも、なんてルークは少し思った。

 そんなルークを余所に、
「あの席を頼む」
 と、ロブスターは店員をじっと見つめて言った。
 そんなに見つめる必要があるのだろうか、気のせいだろうか、ロブスターは必要以上に店員を見つめている。
 ――リックならともかく、いくらなんでも。
 しばらく、ロブスターをぼーっと見つめていた店員は、
「あっ、ロブスター様ですね。こちらへどうぞ」
 と言って、ルーク達四匹を奥へと案内した。

 店の奥へ行くのには、扉でなく、大きく垂れた斜めの暖簾(のれん)をくぐった。
 暖簾の端を持って「どうぞ中へ」と言った細身の雄猫店員に小さく頭を下げると、ルークはリスベルに続いて、中へと入った。





−テーブル席の並ぶ広い店内−

「このケーキ、とっても美味しいわ」
「そうでしょ……このお店、なかなか入れないのよ。
良い席は、常連様の特等席だとか。
通い詰めて、"あの男の子"の生演奏をもっと近くで聞きたいわ」

「……わっ、みんな先に行っちゃってる」 
 貴婦猫のような雌猫たちの会話を聞いていたせいで、皆から後れを取っていた。
 気がつけば、他の猫達は先へ行っている。
 ルークは慌てて、けれどお淑(しと)やかに、早歩きして追いついた。

 ルークが皆に追いついた時、ちょうどリックがロブスターに何か言っているところだった。
「ロブスター、お前ここの常連か何かなのか?
こんな店、そうでなきゃ、なっかなか入れねぇんじゃないの」
 そんなリックの言葉に黒猫は何の反応もしなく、店員を見つめたままだった。
「確かに、あの店員可愛いけどよ、俺の話聞いてくれてもいいじゃん」
 後ろから顔を覗き込んだが、まるでリックが見えていないかのように、黒猫は歩き続けていた。
「俺って、もしかして嫌われてるのか!?
まるで見えてないみたいに、尋常じゃねぇ嫌われ方だぜ」
 肩を落として悄(しょ)げたリックに、リスベルが追い打ちを掛けるような事を言った。
「ロブスターさん、初めからリックを良く思っていらっしゃらなかったですよ。
……リック、今頃気がつきました?」





−ステージの側の席−

「どうぞ、こちらの席へ」
 店員が立ち止まった丸いテーブル席に、四匹は腰を下ろした。
 ルークは、リスベルとロブスターの間の席に座った。
 隣のリスベルが、「素敵な席ですね」と言い、店員が微笑んだ。
「ご注文を、こちらからお選び下さいませ」
 店員に差し出されたメニュー表を受け取り、ルークは品物の名前を見ていった。

 ロブスターは、メニュー表には目を通さず、
「トマトジュースと"トマトケーキ"を頼む」
 と言った。
 しばらくしてリックも注文をする。
「俺は"マウスケーキ"……後、飲み物は"リーフティー"」
 店員がルークの方を向いた。
「そちらのお客様は何になさいますか」
 ルークはメニュー表を一つめくり言った。
「えーっと、"ティラミスプリン"とクリームソーダ」
 ちょっと慌てた様子のリスベルは、メニュー表を指でおさえながら、
「私は……フルーツチョコレートパフェ2つ」
 と微笑んで言った。
 それを聞いてルーク驚いた。
「2つ!? リスベル、2つも食べられるのっ?」
「……俺が食うの」
 リックが横からそう言った。

 店員は注文された品の確認を取った。
「以上にございますね。
かしこまりました、すぐにお持ち致します」
 そう言うと、店員は一度頭を下げて立ち去った。


 ルークは不慣れな気分で、ぎこちなく辺りを見回した。
 椅子がフカフカしていて、なぜか妙に落ちつく。
 リスベルがロブスターの方を向き、言った。
「ロブスターさん、ここへよく来られるんですか?」
 頷く黒猫を見やりながら、リックも言う。
「お前が入りそうな店に見えないけどなぁ」
 ロブスターは、今回のリックの質問にはちゃんと答えた。
「あぁ、確かにな……この街に来る時はよくここへ来る。
この店ではそこに見えるステージで演奏を聴くことができる。
この席は特別な猫たちのためにいつも空けてある席だ。
店員にちょっとした術をかけて、この一番良い席へ案内させたのさ」
「ロブスター、そんな事できたんだ」
 ルークが感心した様子でそう言うと、
「吸血鬼のよくやる手だ。
あまり使うのは好きでないが、せっかくの機会だと思ってな。
この席で、聴いて欲しい曲があった」
 とロブスターは穏やかな顔つきで言った。

「そうなんですか、一体、どんな曲なんでしょう」
 リスベルが嬉しそうに言った。
 ルークは、まだ薄暗いステージの方を見た。
「楽しみだね」

「お待たせ致しました」
 店員が、頼んだ物を運んできた。
「うわっは、うまそうだぜっ」
 リックは腰を浮かせ、置かれていく品に目を輝かせる。
 開けっ放しの口からよだれが出そうになって、慌てて手で拭っている。
「そんなに乗り出さなくても、ちゃんとテーブルに置いてくれますよ」
 リスベルが苦笑してそう言うと、リックは照れくさそうにして、
「わ、分かってるぜ、ついだつい」
 耳を撫でつけながら、おとなしく席に座った。

「もうすぐステージで演奏を始めます。
演奏中は店内の照明が暗くなりますが、テーブル中央のこのランプが点灯いたします。
では、ごゆっくり」
 そう言うと、店員はテーブルから離れた。


「食べようぜっ、食べようぜっ」
 リックが嬉しそうに小さく騒ぐ。
 四匹はそれぞれ、フォークやスプーンを手に取った。
「とっても美味しそうだね、頂きまぁす」
 ルークはティラミスプリンをスプーンで掬(すく)い上げた。
 ぷるぷると震えるプリンは、チョコレートとカスタードで縞模様を作っており、見るからに美味しそうだ。
 スプーンに掬ったプリンを、零さないように口に入れた。
 口の中でプリンはとろけ、ルークの口の中いっぱいに、甘さが広がっていく。
「美味しいっ……このプリン、すっごく美味しい」
 プリンをもう一掬いした。
 口に含むと、思わずまた「美味しい」と呟いてしまう。
 ルークはふと、"フルーツチョコレートパフェ"のグラスにくっついていた"フルーツチップ"をパリパリ食べていたリスベルが、無言でこちらを見つめているのに気がついた。
 その視線は、ルークの口元に注がれている。
 ルークがもぐもぐと口を動かすのと同じ調子で、リスベルの頭が微かに揺れていた。
 口の中にあったのを飲み込むと、ルークは声を掛けた。
「……食べる? リスベルも」
 プリンを載せて、スプーンをリスベルに向けた。
 リスベルは嬉しそうに口を開けると、つるんとプリンを吸い込んだ。
「プ……ルプルしてますぅ」
 頬に手を当てて、幸せそうに微笑んだリスベルは、
「あ、ルーク、私のも美味しいですよっ」
 そう言ったかと思うと、スプーンにチョコと生クリームをたっぷり載せて、ルークの口へと強引に押しつけてきた。
「んむ……お、美味しいよ」
 むせそうになりつつも、そう答えるとリスベルは笑った。

「うまいな、最高だな。
あぁ、俺って、し・あ・わ・せ」
 リックは手元に、"マウスケーキ"と"フルーツチョコレートパフェ"を並べ、幸福の一時を楽しんでいるようだった。
 時折、"リーフティー"をすすり、
「俺って貴族の男みたいって言われた事あるんだぜ。
何てったって、上品な男前だからなっ。
……ルークよ、俺みたいにイイ男になりてぇ時は、いつでも相談に乗ってやるぜ」
 などと言っていた。
「ありがと」
 笑いながら、ルークはそう言っておいた。

 ふと、隣の席に座っているロブスターの存在を思い出し、ルークはちらりと見た。
 黒猫はグラスに付いていた薄切りの"三日月トマト"を一口で食べ、トマトジュースをすすっている。
 すすり終えると、真っ赤な、色鮮やかな"トマトケーキ"に舌鼓を打っているようだった。
 ケーキを口に含むと、青い右目を細め、実に美味しそうな顔する。
 見ているルークの喉が、思わずゴクリと鳴った。
「変わったケーキ、食ってんな」
 リックがそう言って、ロブスターのケーキをつっついた。
「トマトケーキだ」
 ロブスターがそう答えると、
「トマトだって!?」
 と言ってリックは目を丸くした。
 興味深そうにトマトケーキを見つめる三匹を見、ロブスターは言った。
「ただのトマトじゃない、フルーツトマトだ。
普通の物よりも甘く、酸味が少ない……食べてみるか」
 リックは恐る恐る、トマトケーキに手を出した。
 ケーキの端をフォークで取って突き刺すと、自分の口へと運んだ。
「……う、うまい! 何かトマトじゃねぇみたいだ。
すごくうまいぞ! ルークとリスベルも食べてみろよ」
 リックの言葉に、ルークもそっと、真っ赤なケーキをスプーンで掬(すく)った。
 そしてそれを落とさないよう、そっと口に入れた。
「あ、美味しい……初めて食べたよ、こんなトマト。
柔らかくって、苺みたいにほんのり甘いや」
 その様子を見つめていたリスベルも、
「私も頂いていいですか」
 と黒猫に聞いていた。

 食事をしながら、ルークは黒猫に尋ねた。
「ロブスターって、このお店の常連のお客さんみたいだね。
いつからこの店に来てるの?」
「50、いや80年くらい前だったか」
 黒猫は左手を顎にあて、そう答えた。
 ルークは唖然とした顔になりつつも、
「……そんなに前から」
 と言葉を続けた。
「ここのトマトケーキは最高だ。
毎日欠かさず食べに来たいほどだが、さすがに80年間もかかさすに店に訪れるのは憚(はばか)られる。
私の姿は成猫してから変わらんからな」
「お店の猫、驚くもんね」
 そう言って頷いていると、深刻な顔をしてリックが言った。
「なぁ聞いてくれよ、リスベルがよくわからない単語を次々に言うんだよ。
魔法の時の呪文みたいに早口だし、聞き取りにくいし。
たぶん異世界言葉だと思うんだけど、ロブスター通訳してくれよ」
 親指で指し示されたリスベルは、笑顔で「ルーク達は古代猫語を知らないのですか?」と言う。
「知らないぜ」
「素敵な言葉ですのに。
簡潔でいて、とても多くの意味を持っているんですよ。
声の長短や、大きさ小ささで様々な意味合いが付属されるんですから」
「……ロブスターなら知ってるかも」
 ルークはそう言って、黒猫の方を向いた。
「私が知っているのは、現代語と吸血鬼の言葉だけだ。
何しろ生まれてまだ100年しか生きていないんでな」
 その言葉を聞いて、リックが小さく言った。
「十分生きてると思うぜ」



 カランカランカランと、急にステージの方から、大きく鐘(かね)の鳴る音がした。
 室内の明かりが消え、代わってテーブルの上のランプ点灯し、赤と橙を混ぜたような色がルーク達の手元を照らした。
 扇形のステージを見ると、片端だけにライトが当てられている。

『お待たせ致しました。
ただ今から、演奏を始めさせて頂きます』

 ライトが当てられているその場所に、きっちりとした正装に身を包んだ雄猫が立っていた。
 その猫は自分の名を名乗り、「司会を務めさせて頂きます」と、お客達に挨拶をした。
 これから始まる演奏について、簡単な説明と、お客達に諸注意を告げると、司会猫は言った。

『では、始めに"エレファントピアノ"の演奏から――』

 ステージ全体がパッと明るく照らされた。
 舞台奥中央に、白いエレファントピアノ。
 そでから、ワインレッドのドレスを着た雌猫が現れた。
 身体のラインが強調されたそのドレスのせいで、雌猫の華奢さと手足の長さが否応にも目に付く。
「俺好み」
 リックがそう言って、フォークをお皿に置くのがわかった。
 ドレスに身を包んだ雌猫が、鍵盤に軽く手を置き、はじめの音を弾いた。
 そして、演奏が始まった。






         *next→

←back


***感想頂けると頑張れます!***


Copyright (C) LOTS. All rights reserved.


back(quartzのトップへ)

top(HPトップへ戻る)



[PR]ベビー用品はたまひよ♪:子育てが楽しくなる便利アイテムいっぱい