意識を失ったルークは……
quartz
*第七話・大船フォンデュー号5*
〜知らないところ〜 辺りにはとても深い霧が立ちこめていた。 耳には何の音も聞こえない、とても静かだ。 ルークはそこに、ぽつんと一匹立っていた。 誰かいますか、と叫ぼうとしたが、うまく声が出せない。 身体も何だか、自分の身体でないような気がする。 試しに右手の指先を動かしてみた――ちゃんと動く。 けれど、ルークは何だか、この指を動かすと言う動作が、自分が動かそうとして動いたものだけど、そうじゃないような気がした。 例えれば、ルークが指を動かそうと思って――誰かがそれを感じ取って――その誰かの命令で、ルークの指は動いた、そんな感覚だ。 いつもと比べて、動きがぎこちなく感じる。 『ここは、どこなんだろう』 ルークは少し歩き、辺りを見回した。 深い霧のせいで、全くと言っていいほど何も見えなかった。 …… 背中に、何かの気配を感じた。 辺りを漂う霧が、少し流れを変化させた気がする。 ルークはゆっくりと、後ろを振り返った。 背後に猫が一匹、立っていた。 そんなに遠くでもなく、かといって近い位置でもない場所に。 深い霧に包まれているのと、その猫がやや頭(こうべ)を垂れているせいで、顔ははっきりとわからない。 その猫は、ルークの方へやってくることも、遠ざかることもしなかった。 放っておけば、そこにずっと立ったままでいそうな感じさえ見受けられた。 思わず、ルークは一歩近づいた。 『あなたは誰ですか?』 声が出ないので、心の中でそう思いながら、もう一歩足を踏み出した。 その時だ。 「……」 その猫が足もとに向けていた顔を、ゆっくりともたげた。 そして、閉じていた目を見開いた。 見開かれた両眼に、ルークは思わず息を呑んだ。 真っ黒な、真っ黒なふたつの目。 光を、眼に映る全てを吸い込んでしまうような黒い輝き。 漆黒の闇を思わせるその両眼は、微動だにせず、ルークを見つめる。 『あなたは、誰ですか?』 声が出ないと言うのに、ルークは口を動かし問いかけた。 「……」 ルークの問いかけに、その猫は何も答えなかった。 その猫は沈黙したまま、一歩、片足を後退させる。と思う間に、踵を返しルークに背を向けた。 音もなく、その猫は霧の向こうへと歩き始めた。 そのうち、姿は見えなくなり、完全にルークの視界から消えてしまった。 「ルーク……ルーク……」 ルークの耳元に誰かの声が聞こえてきた。 その声は次第に大きく、なっていった―― −船の一室− 「ルーク……目ぇ覚ませ」 その声が、リックのものだと分かった。 そして、自分の体が揺すられていることに気づいた。 「うぅぅ」 ルークはゆっくりと、目を開けた。 「おぉ、目覚めたか。死んでるかと思ったぞ、ルーク」 リックはそう言うと、にーっとした笑顔を見せた。 「俺、生きてるよ?」 ルークはぼんやりとした顔つきで、リックを見つめた。 「死んだように寝てたぜ、それにリスベルがよぉ」 ガチャ キュウウゥ 扉の開く音がした。 肩越しに振り返ったリックは、何か言おうとした口恰好のまま固まった。 「あっ、リック、あれほどルークを起こしてはいけないと言ったのに!」 リスベルがプーッと膨れた顔で、部屋の入り口に立っていた。 「何だリスベル、もう戻ってきたのかよ」 リックがそう言うと、リスベルは口を尖らせて言う。 「飲み物を取りに行っていただけです。ルークに何か飲ませてあげようと思ったんです。 それよりも、リック、外に綺麗な雌猫さん達がたくさんいらっしゃいますけれど」 「さ、さっき知り合った友猫だぜ……そんなに膨れるなよ」 リスベルに睨まれ、リックは耳を撫でつけて「あはは」と笑った。 「俺はもう出ていくぜ……ルーク、気分が良くなったらおめぇも来いよ。 可愛い猫ちゃん達と、"小鳥ちゃんゲーム"しようぜ、うひひ」 リックはそう言うと、怒ったリスベルの横をソロソロっと通り抜け、外へと出ていった。 ガチャン 「リックはどうして、いつもあーなのでしょうか」 腕を組み、リスベルは一つため息をついていた。 「俺はそんなリックが羨ましいけどな……」 ぼそっと呟いたルークは、リスベルの視線に気づき、「何でもないよ」と苦笑した。 「ところでルーク、気分はどうですか?」 リスベルは側の椅子に腰掛けた。 「ちょっとまだ頭が痛い気がするけど、大丈夫だよ」 「そうですか、良かったです……ルーク、お水を貰ってきたので飲みませんか?」 「うん、飲む」 そう言うと、リスベルは「ちょっとこれを持っていてください」と、手にしていた金属製の水入れと、重ねたコップ2つをルークに手渡した。 リスベルは、部屋の壁に取り付けられていた折り畳み式のテーブルを広げた。 ちょうどルークの肩幅ほどの大きさをしたそのテーブルに、持っていたコップを2つ並べた。 「私が入れますよ」 そう言って、ルークの手から水入れを受け取ると、リスベルは楽しそうにコップへと水を注ぎ始めた。 「お、おっととと……もういいよリスベルっ」 コップになみなみと注がれた水へと自分の口を近づけて、零さないように恐る恐る水を飲んだ。 「美味しいですか? ルーク」 「うん、美味しいよ」 無邪気に微笑むリスベルの顔に、ルークの顔も思わず綻(ほころ)んだ。 −船の廊下− 「さぁさ、今日は記念すべき日だぜ! 俺たちが出会った記念すべき日!」 リックは嬉しそうに、両肩に抱く雌猫たちに笑顔を振りまく。 「リックさん、お疲れじゃない?」 「船酔いしてらっしゃったでしょ? 何だか少ししんどそう」 明るい毛並みをした可愛い雌猫たちは、悩ましげな目つきでリックを見つめる。 「……あーん、そんなことないぜ」 向けられる視線にリックはちょっぴり困った顔つきをする。 「本当? 本当?」 その言葉に、口角だけを少しばかり上げると、 「ぜ〜んぜん、平気。 むしろ君たちといた方が、俺、元気」 と悪戯っぽくリックは笑んだ。 雌猫たちの両肩にあった手を、さりげなく腰の辺りに移して、 「俺の船酔い事情なんて、俺の心を釘付けにしちゃう、君たちの悩ましげなお目目に比べたら――」 と、にやけていたリックだったが、ふと背後を振り返った。 「……」 肩越しに後ろを見やるリックは、やや顔を強ばらせ、辺りを見回す。 「どうかしたの、リックさん?」 「……いや、何でもないさ。 さ、行こうぜ行こうぜ! 足もとから海の風が吹き出てさ、面白い場所があるんだぜっ」 嬉しそうにそう言いながら、リックはもう一度、さっき見た場所を振り返った。 ――気のせいじゃねぇ。絶対、誰かが俺を見てた。 −船の一室− 「リスベル」 両手を頭の下にしてベッドに寝ころび、ルークは話を続けた。 「俺、意識が無くなる前、何だか身体中の自由が利かなくなった気がするんだ。 鉱石の光に触れてしまったんだ、きっと」 「鉱石の光?」 リスベルは背筋を正して、ルークの話に耳を傾けていた。 「俺たちが見つけた時、鉱石は不思議な七色の光と、甘い香りのする風を放ってたんだ。 思わず触れてしまいたくなるようなものを、漂わせてた。 あの大きな身体をしたバハムートさえ自由自在に操ってしまう力を持つ石だから、ロブスターがいなかったら、俺きっと、すぐに鉱石に触れてしまっていたと思う」 そこで急にリスベルが口を挟んだ。 「でも、ルークは"鉱石の光に触れてしまった"と言いましたよね?」 「……俺の意志じゃなかった。 鉱石を壊していた最中はなんともなかったのに、ロブスターがその場から離れて、バハムートの身体の中の様子が代わり始めた時、急に蒼爪が鉱石と同じ色を発し始めた。 蒼爪をつけてる右手が、勝手に鉱石に近づいていったんだ。 いくら俺が抵抗しても、手は全然言うことをきかなくて、それで……」 ルークが右手に落としていた視線を上げると、リスベルが黙ってこちらを見つめていた。 黙したまま、何かを考えるかのような顔つきで、ルークの黄色い目をじっと凝視している。 しばし沈黙の後、左手をそっと右腕に寄せて、リスベルは厳(おごそ)かに口を開いた。 「ルークの持っている蒼爪は、黒い竜と関わりがある物なのかもしれません」 「黒い竜と?」 ルークはベッドから身体を起こした。 傍らに置かれていた水を飲むと、「じゃあこの蒼爪は、蒼爪の猫のものじゃあないって事?」とリスベルに問うた。 「いいえ、そうではありません。この蒼爪は、きっと蒼爪の猫の物だと思います。 "蒼爪の猫が、黒い竜と関わりがあった"のでは、と私は思うのです」 「えっ、じゃあ蒼爪の猫は、黒い竜の仲間だったって事!?」 思わず、ルークはベッド脇に置いていた蒼爪を見た。 「あくまでこれは、私の推測ですが。 蒼爪は、黒い竜が何らかの理由で作り出した物で……そしてその蒼爪を、何らかの理由で蒼爪を持つことになった猫、つまり"蒼爪の猫"が所持していたのではないでしょうか。 ……そう考えると、蒼爪の猫が黒い竜の仲間もしくは手下である可能性が高いと思われます」 そこまで話すと、リスベルは手に持っていたコップの水を飲んだ。 ルークは頭の中で話をまとめ、少し「うーん」と唸(うな)った。 ルークの頭の中には、あの日、蒼爪を店の主猫から貰った日のことが浮かんでいた。 主猫は嬉しそうに、蒼爪の猫について語っていた。 主猫の語る蒼爪の猫は、確かに、多くの強い猫に手を掛けるおそろしい者ではあったが、『昔、この店でクローを盗んでしまった』と言って返しにくる良心さもある。 蒼爪という武器についてもそうだが、そんな猫が黒い竜の生み出した手下だなんて、ルークにはちっとも思えなかった。 「はじめて出会った時、俺に、黒い竜と、黒い竜の手下について話してくれたよね。 リスベルは、黒い竜の手下に会った事、あるの?」 問いかけると、ローブの猫は「いいえ」と頭(かぶり)を横に振った。 ルークはコップを折り畳み式テーブルの上に置くと、ベッド脇の、引き出しの上に置いていた蒼爪を手に取った。 「黒い竜によって作り出された3匹の強者(つわもの)……彼らは、どんな猫達なんだろう。 もしも蒼爪の猫が黒い竜の手下だったら、どうしてここに、俺の手元に蒼爪はあるんだろう……って、今、思っちゃった」 ルークはそう言って、蒼爪を膝の上に置いた。 蒼爪の鋭利な爪先は、よく見ると暖かな色を帯びていた。 室内の光を当てると、ところどころに薄い朱が見える。 何かを傷つけるための道具であるのに、蒼爪は妙な温もりの色をルークの目に映していた。 「蒼爪の猫に使われて、このクローはこんな色になったのかな。 ロブスターの"紫竜刀"もそうだけど、どうして綺麗なのに、武器なのかな」 独り言のように、ルークは呟いた。 リスベルは少し怪訝(けげん)な顔つきで、しばらくの間、ルークの方を見つめていた。 コップの中の水を飲み干して、リスベルは言った。 「黒い竜の手下にはそれと分かる特徴があるとしか、私にはわかりません。 本来ならば、ルーク達の世界へ来た時に、私の仲間である魔法使いから話を聞くはずでした。 私が黒い竜の手下について知っている事は、ほんのわずかしかありません」 ローブの裾をギュッと握りしめて、リスベルは俯(うつむ)いたまま、言葉を続ける。 「もし蒼爪の猫が黒い竜の手下ならば、どうして蒼爪を手放したのか。 それを考えると、考えていた事がまた振り出しに戻ってしまいます」 話を聞きながら、ルークは膝の上から蒼爪を取り上げ、その装飾の細部に至るまでを見つめていた。 そんなルークに少し微笑んで、リスベルは言う。 「蒼爪の猫が黒い竜と関わりがあるにしろ、ないにしろ。 そのクローが黒い竜に何らかの関係があるのは確かです。 黒い竜と、見えないところで繋がっているのかも知れません。 そしてその爪が、多くの血を吸って、ルークの前にあるという事も」 ルークはふと、ふたりで話していた事柄がすり替わっているように感じた。 ローブの猫を振り返ると、彼とも彼女ともつかないその猫は、はじめて森で出会った時のようにルークを見つめている。 「俺に、何か言いたい事があるの?」 ルークはそう言って、ちょっぴり笑んだ。 強ばった顔のまま、リスベルはきょとんとする。 「どうして笑うんです?」 「リスベルって。何か言いたい時、伝えたい誰かの目をじっと見つめる癖があるんじゃないか、と思ったんだ」 いつもの口振りで話したつもりだったが、どうやらリスベルの癪に障ってしまったらしい。 白い頬の毛をほんのり赤らませ、 「あからさまに言いたい事を告げても、きっとルークは、私が思うようにはなってくれません」 と言って、頬を膨らませた。 けれどすぐに、リスベルはその表情を変えた。 目を伏せ、どこか悲しげに言葉を紡ぐ。 「私は、ルークの事が心配です……私のせいで、ルークに何かあったらと。 本来ならば、ルークは、多くの旅猫(クォーツ)がそうしているような旅をしている猫なんです。 黒い竜にだって、蒼爪にだって、私にだって、関わる事なんてなかった。 進んで戦う必要だって、わざわざ魔物に立ち向かう事だって、しなくても良かったんです」 そう言うと、リスベルは顔をローブの中に埋めてしまった。 何と言っていいのか、答えにあぐね、ルークは耳の後ろを掻いた。 リスベルはこれ以上何も話せなくなってしまったようで、黙している。 違う話題でも振ろうかと思ったが、良い話も浮かばない。 ルークがローブの中の顔をのぞき込もうとすると、顔を背けられ、ローブの奥底に隠されてしまった。 深く被りなおされたローブと一緒に、重たい空気と、暗い気持ちまで背負い込んでしまったリスベルに、不用意に話しかけるのは容易いことではない。 ふたりとも黙してしまい、室内は外から聞こえる波の音だけとなった。 ルークはベッドの上に投げ出していた自分の足先に目を向けた。 足のつま先を見やりながら、リスベルと出会ってからの旅を、思い出す。 「大変な事もあったけど、リスベルに出会ったから経験できた事だってある。 黒い竜を倒すため、竜石使いを探す旅を一緒にしていなきゃ……俺はリックや、ロブスターみたいな仲間とは出会えなかったと思う。 フィンさんの美味しい料理だって、食べられなかったよ」 ローブからこっそり覗いた緑色の目を、ルークはちらりと見て笑んだ。 いつもの気楽な話し方で、さらにルークは続ける。 「確かに、蒼爪は、俺みたいな猫が持つ武器じゃないかもしれない。 たくさんの猫や、動物や、魔物の血を吸って……呪われてるかも、しれないけどさ。 でも、俺たち猫が生きるために、鶏(かけ)を絞めたり、麦を刈ったり。 そういう事と同じで、蒼爪が蒼爪であるためには、そうしなきゃいけなかったって思えば、大したことじゃないような気が、しない?」 相手に言い聞かせるように話しつつ、ルークは自分に言い聞かせているような気がした。 振り向くと、リスベルは沈ませていた顔を上げ、こちらを見ていた。 「嫌なことばかりだったら、俺、リスベルと一緒にいないよ」 ルークはそう言って、右手に蒼爪を嵌(は)めた。 こちらをじっと見たまま、黙り込んでいたリスベルが急に口を開いた。 「ルークは、優しいですね」 言ったのと同時、その緑色の目からぽたぽたと水の玉がこぼれ落ちる。 その様子に驚いて、ルークは慌ててベッドから降りた。 そして、すすり泣きを始めたリスベルに、こわごわと近寄る。 「何で、泣いてるの?」 と困ったように笑って、ルークは片膝を足もとについて、ローブの中の顔を覗き込んだ。 見つめてくる困惑した黄色い目から視線を逸らし、 「ルークが、バハムートの口の中に飛び込んでいく時……本当に、複雑な気分でした」 言葉を詰まらせながら、時に鼻をすすって、リスベルはそう言った。 ルークは、どうしてリスベルが泣いているのか、すぐにはわからなかった。 けれどその姿をじっと見つめていて、泣いているのは自分を思ってくれているからだ、ということに気づいた。 リスベルが心の底から自分を心配してくれていた事を知って、何だが気分がむず痒くなった。 けれど、嫌なものじゃない。 こんな風に、誰かから大事に思われている事を率直に感じたことがなかったから――不思議な気持ち。 何だか泣いているリスベルには申し訳ないけれど、嬉しい気持ちが胸に満ちてきた。 「……ありがとう、リスベル」 ルークは自分の肩に、小刻みに震えるリスベルの頭を凭(もた)せ掛けた。 そして、昔、泣いている自分を落ち着かせてくれた誰かみたいに、リスベルの背中を叩いた。 ギュッと、自分の服を掴むリスベルの手には、力が籠(こ)もっていた。 キュウウウ 扉の開く音がした。 部屋の入り口を見ると、不思議そうにこちらを見つめる黒猫が立っていた。 「……ロブスター」 ルークがそう言うと、「どうかしたのか」と聞いてきた。 「ちょっと……」 と言って、ルークはどう状況説明をすればいいのか、考え込んでしまった。 腕の中のリスベルを見て、頬を掻く。 説明の言葉を探していると、ロブスターがぼそりと言った。 「取り込み中だったか」 その言葉に返答しようとする前に、 「取り込み中でした」 とリスベルが即答する。 波の音と、外で誰かが「きゃあっ」と叫ぶ声が聞こえた。 室内に、唐突に訪れた沈黙に、ルークも黒猫を見たまま黙ってしまう。 ロブスターは、すすり泣くリスベルを、片膝をつき抱いているルークをよくよく眺めてから、もう一言口にした。 「……邪魔したか」 「ロブスターさんの事を邪魔だなんて、思った事は一度も無いです」 またルークが答える前にリスベルが言った。 濡れた目元の拭いながら、リスベルは椅子から立ち上がった。 その様子を見ながら、ルークも後れて立った。 「調子はどうだ」 ロブスターは戸口に立ったまま、話しかけてきた。 自分に問われているのだと、向けられていた視線にハッとし、 「うん、もう大丈夫」 とルークは答えた。 「ルーク、外に出てみてはどうですか? ずっと寝ていましたら……あ、でもまだ船の上、ところどころ壊れていますので、気を付けて歩いてくださいね。 3日ぶりのお日さまの光、きっと気持ちが良いですよ」 リスベルの言葉に、「え、3日!?」とルークは目を真ん丸くした。 「そうですよ、3日ほどになります、ルークが倒れてから」 「それ本当っ? じゃあ船はもうエクレアの街に着いたんじゃあ」 その問いには、ロブスターが答えた。 「いや、まだだ。 リスベルや乗客、船員たちの協力で、水漏れや脆(もろ)くなった部分の補修をしつつ船を進めている。 明日の昼には港に着くだろうが」 「そうだったんだ」 ルークは右手に付けていた蒼爪を引き出しの上に置き戻すと、「外に出てくるよ」と言った。 部屋を出ようとしたルークに、 「食料が足りないので、皆さん、お魚釣りに勤(いそ)しまれていますよ。 私もお手伝いしていたのですが、どうもお役に立てなくて」 と言って、リスベルは苦笑しながら、ローブの上から耳を撫でつけた。 「釣りをしている猫を釣ってはな」 抑揚の無い口調で、ロブスターが補足した。 頭に浮かんだ映像に思わず微笑しつつ、「じゃあ行ってくる」とルークは部屋を退出した。 ルークが甲板の方へ出る階段を上っていくのを見届け終えると、 「それで、ルークは」 とリスベルに視線を合わせず、ロブスターは言った。 「蒼爪を持って、私たちの旅にこれからも加わると。 ルークの意志は、私には変えられませんでした」 そう言うリスベルの顔は、ローブの影に隠れて、表情は黒猫からよく見えなかった。 ローブの猫は、束の間黙(もく)したあと、語るように話し出した。 「バハムートの持っていた鉱石は、鉱石の破片は……蒼爪の中に潜んでいると、私は考えています。 私の持つ"魔法使いの鼻"と、目覚めたルークが語ってくれた話で、それはきっと確かな事。 ……バハムートを操っていた鉱石は、古来より猫達に、それ以外のものたちに、何らかの作用を与えてきました。 私の記憶が正しければ、蒼爪に潜んでしまった鉱石は、まだ黒い竜が封印されていなかった頃、黒い竜の現れた場所に出現したと言われる鉱石と同じ物」 唾を飲み込むリスベルの喉音が、ロブスターの耳にはっきりと聞こえた。 「蒼爪を使うごとに、いえ、もしかするとルークが蒼爪に触れる度に、鉱石がルークに作用するかもしれません。 ……今の私にできるのは、ルークを守ること」 微かに声を震わせて、リスベルは言った。 「もし、ルークが」 部屋を出ようとしたリスベルに、黒猫は言った。 「共にいることをここで止めたとしても、すでに黒い竜との関わりは絶つことはできなかっただろう。 多かれ少なかれ、この世界に住む猫達は、知らずとも黒い竜に怯えることになる。 ルークは、リスベルと出会い、蒼爪を授かり、そして竜石使いにも出会った。 そしてこの先、黒い竜の生み出した多くの魔物にも遭遇していく事だろう。 数えただけでも、すでに私よりも、ルークは黒い竜に接点を持つ素質を持っている。 ……それがルークの運命、なのかもしれんが」 ロブスターは伏せていた目をリスベルに向けた。 話を聞いていたリスベルは、急に毛を逆立てて、半ば怒るような口調で言った。 「運命は切り開くものです! それに誰かが決める事でも、決まっている事でもありませんっ」 リスベルの変貌に、ロブスターは少し驚いた。 それに気が付いたリスベルは、 「すみません」 と言って、隠すように顔をローブの中へと埋(うず)めた。 少しの間、ローブの猫を見つめていたが、戸口に持たれていた身体を起こし、黒猫は部屋を出た。 甲板に上がる階段へと歩き始めたその耳に、 「……でも。 はじめから全てが決まっているなんて、そんな事、あってはならないのです」 と言うリスベルの弱々しい声が、聞こえた。 |
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