フィンさんの手作り料理も、これで最後です。

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*第六話・忘れていた小瓶2*






 ……キュウゥ

 ロブスターが帰ってきた。
「トマトのいい香りだ」
 そう言いながら、ロブスターはフィンの運んでいた"三日月トマト"をつまみ食いした。

「ああ、ロブスターったら……もうっ」
 フィンはつまみ食いにプーッ膨れた。
 ロブスターはそんなフィンを少し微笑んで――椅子に座った。


 すっかり準備も整い――盛大な料理と共に、夕食が始まった。


「あ〜うまいうまい!
どれもこれも、めちゃくちゃうめぇ〜〜〜っ!」
 リックは取り皿に一杯取った"焦げ目つき厚切りハム"にかぶりついた。

「どう? ルーク。
キノコ野菜入りの丸ごとチキン、美味しいかしら?」
 そう言ったフィンに、ルークは頬張りながら、
「ムグモグ……はい、とってもっ」
 と返事し、ニコリと微笑んだ。

 ロブスターは黙々と食べていた。
 グツグツと煮込まれた"トマト煮"を食べ終えると――三日月トマトと生地にトマトを練り込んだマカロニに、フィンが手間暇をかけて作った11種類のトマトを混ぜ込んだ"トマトドレッシング"をかけ、満足そうに舌鼓を打っていた。

「……」
 そんなロブスターを見ていたルークに、
「あそこまでトマト好きなんて、凄すぎだよな。
トマトにトマトドレッシングかけて――って、トマトマトマト味?
でもさ、考えてみれば、トマトだけであんなに品数を作っちまうフィンさんって、素敵だなぁ。
このねずみの唐揚げだって」
 リックはバリっと"ねずみの唐揚げ"を頬張ると、
「俺、やっぱりフィンさんに惚れてるぜ」
 と、虚ろな目をしてフィンを見つめた。
 ルークは、はははと笑っておいた。


 そんな皆とは裏腹に、
「……」
 リスベルは静かに、口に料理を運んでいた。
 けれど少し口元に近づけては離し、近づけては離しでちっとも食は進んでいないようだ。
 時折、窓の方を見つめている。

「リスベル」
 ルークがそう声をかけると、
「……フィンさんのお料理、とっても美味しいですね」
 とリスベルは少し笑みを浮かべた。

「リスベル、元気だして。
きっと、明日の朝には元気になってるよ、綿毛虫。
明日、出発なんだから……フィンさんの手料理、いっぱい食べないと」
「……そう、ですね、分かりました。
ルーク、心配してくれて、ありがとう」
 リスベルは微笑むと、料理をつっつき始めた。





「ごちそうさまでしたっ」
 そのうち、すっかり料理は食べ尽くされた。

 お皿洗いを始めたフィンを手伝い、ルーク達はそれぞれ食器拭きや食器の片づけなどなど――をした。
 皆で後片付けをしたので、すぐに片付いていった。

「後はお皿をしまうだけね、どうもありがと、後は私に任せて。
みんなは明日の準備があるでしょう?
それに、今日は早く寝て、明日に備えて頂戴」
 フィンのお言葉に甘えて、ルーク達は部屋へと向かった。

「……」
 リスベルは、一度そっと窓辺の綿毛虫を撫でつけてから――部屋へと向かった。





−3匹の部屋−

 ベッドが2つに、天上からハンモックが1つぶら下がっている。
「はぁ、いよいよ明日、出発だなぁ」
 リックがそう言いながらハンモックに飛び乗った。
「俺、もう寝るわ」
 そんなリックに、
「明日の準備はできているんですか? リック」
 とリスベルは言う。
「準備? あぁ……俺はいつでも準備万端。
朝食の腹ごしらえをすれば、いつでも出発できるぜ。
明日、起こして…くれ、な……くー…すーすー」
 リックは寝てしまった。

 何だか物言いたげにリックを見つめるリスベルに、
「リックは朝、干物を買いに出かけていたし。
それに、矢もいいのが見つかったって言ってたから、きっと言ってる事は正しいと思うよ。
リスベル、だからリックの心配はいらないよ」
 とルークは言った。
「そう、ですか……なら、いいですね。
私も準備万端にしなくてはっ」
 リスベルはそう言うと、自分の準備を始めた。

 ルークもそれを見届けると、自分も準備を始めた。





 
 荷物を纏めて、アモンから貰った赤い石を眺めていたルークだったが、欠伸を一つした。
 まだ起きていたリスベルも、欠伸をしている。
「明日は早いし、そろそろ寝よっか」
「ええ、そうですね」
 薄い冊子をパタンと閉じると、リスベルは「おやすみなさい、ルーク」と言ってベッドに寝転がった。

 テーブルの上の小さなランプの火を、ルークはフゥっと消した。
 部屋の中は、窓から入る月の明かりだけになった。
「おやすみ」
 ルークも自分のベッドに入った。





 ルークは目を瞑(つぶ)った。

「すー……すー……」
 リックの寝息が耳に入る――そのうち、リスベルの寝息も。
 それらを聞きながら、
「いよいよ明日、か」
 待ち遠しそうな顔つきで、フカフカの気持ちの良いブランケットに、ルークは顔を埋めた。


 夜空には月や星が映えていった。
 少しの間、窓を叩いていた風も、いつしか眠りについていった。





 いつ頃だったろうか、ルークは、何か物音を聞いた。


「……っ」
 なぜか目はパッチリとし、冴えていた。
 ……ルークは徐(おもむろ)にベッドから起き上がる。
 そうしてベッド脇の窓を覗き、
「まだ朝じゃないんだ」
 と呟いた。

 ハンモックで寝るリックの方を向いた。

「すー……すー……」
 気持ち良さそうに眠っている。
 視線を流すようにしてリスベルの方を見た。

「……」
 リスベルはルークを見つめていた。

「!?」
 驚いて、ルークは声を上げそうになった――慌てて口を両手でふさぎ、声を飲み込む。
「……うぅうん……ルーク?」
 目をこすり、パチパチとさせ、先ほどまでとは違う目つきでリスベルがこちらを見た。

 やっと気持ちが修まったルークは、大きく深呼吸を一つした。
「リスベル、起きてたの?」
 身体を起こしながらリスベルは答える。
「いいえ」
「……びっくりしたよ、目がぱっちり開いてるんだもん」
「そうでした?」
 そう言いながら、眠いのか、リスベルは目をこすっていた。
「もう朝ですか」
「まだ夜だよ……外、真っ暗だし」
 そう言って、再びベッド脇の窓に目を向けたルークは、
「!?」
 また何かに驚いた。

「……」
 窓の外に、ロブスターが立っていた。

「ルークどうかしたのですか? あ、ロブスターさん」
 リスベルは駆け寄ると、窓を開けた。

 キュキュッ

「まだ起きていたのか」
「目が覚めちゃったんです……ところで、ロブスターさんは何をしてらっしゃるんです?」
 言いながら、リスベルは窓の外に顔を出した。

「ふ、ふうぅ」
 ルークはやっと悲鳴を飲み込んだ。
 窓の外にいた時のロブスターを見た時、一瞬心臓が破裂するかというくらいに驚いた。
 ドキドキがまだ修まらない――ルークは胸に手を当てて、大きく深呼吸を二つした。
「……あれ?」
 気づくと、リスベルは部屋から姿を消していた。
「どこへ行ったんだろう」
 ルークは先ほどリスベルが覗いていた窓から、外を見た。





−家の裏−

「ルーク、ルークもこっちへ来てくださいっ」
 リスベルが外で呼んでいる。

「う、うん」
 ルークは頷くと、窓から外へと飛び出した。


 暗い辺りに気を配りながら、ルークは2匹の側に向かった。


「もうすぐだ」
 ロブスターはそう言って、手に持っていたモノを――ちょうどルークの胸の高さくらいある植物の、大きな葉上に載せた。
 その葉に置かれたモノを見てルークは驚いた。
「あれ……それ、綿毛虫?」
 それは、リスベルが心配していた綿毛虫だった。
 間違いない。
 元気がない上、水分を含み、体が普通の綿毛虫3倍の大きさだ。

 ルークが更に何か言おうとした時、
「シーッ」
 口に1本指を押し当てて、リスベルがそれを制した。
 ロブスターが綿毛虫を指さしたので、ルークは黙って、綿毛虫を見つめた。


 月の光を浴びて、綿毛虫は微かに輝いて見えていた。


 ルークは何かに首を傾げた。
 何か綿毛虫の様子が、違って見える。

 ……

 綿毛虫が動いている。
 けれどそれは妙な動きに見える……尋常(じんじょう)ではない。
 綿毛虫の、体を覆う分厚い皮膚のようなものだけが動いているのだ。

 ……

 ゆっくりと、少しずつ、綿毛虫に更なる変化が現れ始めた。
 分厚いその皮膚ようなものを、綿毛虫は破ろうとしている。
 それは、サナギを破り――蝶となろうとする光景そのものだった。

「まさか、蝶に……なるの!?」
 ルークがそう言うと、ロブスターは静かに答えた。
「その通りだ」

「蝶?」
 リスベルの不思議な顔に、
「時期に分かる」
 とだけロブスターは答えた。


 パリッパリパリ

 分厚い服を脱ぐようにして、その中から柔らかな羽が現れた。
 そーっと、そーっと。
 中から、弱々しい体を抜け出させ――蝶が姿を現した。

 ……

 クシャリとした羽を覚束(おぼつか)なくさせ、足取りも不慣れに。
 蝶は大きな葉の上で、ゆっくりと羽を広げていく。
 そうして、緩やかな葉の傾斜を、上へと上っていった。



 どれくらい時間が経っただろうか。
 時間がとても長く感じた。
 ルーク達3匹は、神秘的なその光景に見入っていた。



 蝶は細い足を止めた。
 月が自分をよくよく照らすその場所で、蝶は立ち止まる。

 …… …… ……

 小さな羽ばたきが、まるで聞こえたような気がした。
 湿っぽいその羽に月明かりを浴びせながら、蝶は羽を、ゆっくりと羽ばたかせる。

「わぁあ〜」
 ルーク、それにリスベルも小さな感嘆の声を上げた。

 蝶が羽ばたきを増すにつれ、次第に蝶の羽は輝いていった。
 綺麗な模様を浮かばせたその羽は、月と同じくらい、優しい、柔らかい光を帯び始める。


「すごいや、知らなかった。
綿毛虫がこんな蝶になるなんて……」
 そんなルークを横目に見ながら、ロブスターは言う。
「そうだろうとも。
綿毛虫は、一生毛虫のままでいると思われている。
……だが実際はそうでない。
偶然の、特別な時にこうなるのだ。


『何日何年もの乾きを経て、吹きつける雨風、または深き泉にその小さな体を沈めた時。
綿毛虫は、生きるため蝶になる。
一生、毛虫のまま生きる者もいれば、直ぐさま蝶として生きる者もいる。
……綿毛虫は、実に興味深い生き物なのだ』


そう、誰かから聞いた事がある」

「偶然の産物だね……ほんと、まさに」
「綺麗です、とっても。
これが、蝶という生き物なんですね」
 リスベルはうっとりとした顔で頷いた。



 ……

「あっ! 飛んだ!」

 蝶は空へと羽ばたいた。
 暗闇の中を、月と同じくらい輝く蝶は夜空に舞う。

 リスベルは蝶を見つめながら、小さく言った。
「さようなら、蝶さん。
今度もしあなたの友達を見つけた時は、私、そっと見つめるだけにしますね」



 蝶は、どんどんと小さくなっていった。
 その光が空に輝く星よりも小さく、見えなくなってしまうまで――3匹は、その姿を見つめ続けていた。


「行っちゃいましたね」
「うん……そろそろ、もう一眠りしなきゃ。
リスベル、部屋に戻ろう」


 ロブスターと別れ、2匹は窓から部屋の中へと戻った。
「どこ行ってたんだよぉ」
 そう言ったリックに「起こしちゃってごめん」と謝ると、
「可愛いから許しちゃう」
 と言うもんだからルークは目をまん丸くさせた。
 ……しかしどうやら寝言だったようで、ほっと胸を撫で下ろす。
 

 ルークとリスベルは、ベッドに潜り込むとすぐに眠りについた。
 まだまだ夜は明けそうにない。
 リックは寝返りをうち、目を開けて寝ているリスベルは瞬きを一つした。

 何かに微笑んだルークは、夢を見ていた。
 蝶になった綿毛虫が、仲間の蝶達と共に花が咲き乱れるきれいな原っぱで飛んでいる。
 嬉しそうなリスベルと一緒に、大きな地図を広げて――





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・・・第六話についてのひっそりコメント★


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