
忘れていたものは、ある日突然、思いがけなく出てくるものです。
quartz
*第六話・忘れていた小瓶1*
朝食後、すっかり料理を食べ尽くし、疲れたリックはソファーでうとうと。 ロブスターとフィンは何か物を探しているようだった。 ルークは夜の出来事のせいで、疲れて、まぶたが重たかった。 「ルーク、聞いて欲しい事があるのですが」 夢の世界へ入ろうとしたのを、その声が引き止めた。 「……ん?」 ルークは目をパチパチとさせ、声の主――リスベルの方を向いた。 「ルーク、そろそろ……旅に出ませんか? この街の情報は集まりました。 リック、それにロブスターさんという竜石使いにも会えましたし」 「……そう言えば、そうだね」 ルークは背筋を伸ばすと、 「うん、次の出発の事について考えなきゃ」 と出そうになった欠伸をかみ殺した。 「"エクレア"はどうだ」 そう言いながらロブスターがやって来、椅子に座った。 「エクレア・イーネの街か……確か、大きな港街だったね。 ここスフレよりも大きくって、闘技場が有名なところで……海を挟んだ向こう側にある街だったかな」 ルークがそう言うと、 「ああ、そうだ」 とロブスターは答えた。 「港街でしたら、いい情報が聞けそうです。 私は賛成ですっ……でも、問題は"どうやって行くのか"ですね。 エクレアの街は、海を挟んだ向こう側にある街ですから」 リスベルの悩んだ顔を不思議そうに見やって、ロブスターが言った。 「船があるだろう」 「船?」 首を傾げるリスベルに、ルークは言った。 「海の上を走る乗り物だよ……リスベル、知らないの?」 「……あ、聞いた事あります! ピョンピョン跳ねるんですよねっ」 リスベルが嬉しそうにそう言うのを、 「ちょっと、違う気がするけど」 とルークは小さく笑った。 「フィン、エクレア行きの船はいつ港に来る?」 ロブスターの声に、 「明日の朝よっ」 とどこからかフィンの声が返ってきた。 「だとさ……明日の朝、その船で出発するか?」 こちらを向いたロブスターに、 「そうだね」 ルークは頷いた。 二匹の間に押し入るようにして、リスベルが言う。 「リックは、どうでしょうか?」 3匹はリックの方へ振り向いた。 ソファーに座っていたリックは、 「スー……スー……」 気持ちよさそうに眠っていた。 「いいんじゃないのか……寝てるしな」 ロブスターは半ば呆れ顔で言う。 「ははは」 ルークは苦笑した。 部屋にフィンが入ってきた。 「明日の朝出発に決まったの?」 「はい、フィンさんにお世話になるのも今日までです」 ルークがそう言うと、フィンは少し寂しそうな顔を見せつつ――にっこりとした。 「そう……じゃあ今日の夕食は、"ご馳走"を作ってあげるわ!」 フィンがそう言った時だった。 「ご馳走!?」 ソファーで寝ていたリックが飛び起きた。 「リックったら、ふふ」 フィンが笑うと、 「食いしん坊」 ルーク達も笑い出した。 昼になって、ルークとリックは2匹で街へと出かけた。 明日の出発に備えて、街へ必要な物を買いに行く必要がある――リックは、"トマトジュースの素"を探さなくてはいけない。 少しばかりご機嫌斜めなリックにルークは声をかけながら、見当をつけていた店へと2匹は向かった。 −街の店通り− 「ったく、どこにあるんだよ"トマトジュースの素"なんて」 通りをもう二周した。 リックは愚痴をこぼし始めている。 「きっとどこかにあるよ」 2匹は店通りをもう一周することにした。 目移りのよくするリックには「目を皿のようにして探さなきゃ見つからないよ」と窘(たしな)めて、ルークは更に根気強く頑張った。 「なぁ、ルークよ」 「ん?」 ルークはショーウィンドーから――リックに目を移した。 「もしよ、"トマトジュースの素"売ってなかったら、ロブスターの野郎は連れて行けねぇんだな。 よく考えてみれば、俺にとっちゃあ好都合。 でも、お前達には必要なんだよな……あいつ」 「う、うん」 ルークは少し、申し訳なさそうな顔をした。 「この街のどこにもなかったら……トマト買って、乾かして……粉末にして――」 「俺も手伝ってあげるよ」 ルークが笑ってそう言うと、 「……ありがとよ」 とリックは何か言いたげな目をルークに向けた。 それから数十分、辺りを彷徨った。 「あの子かわええ〜」 リックが通りすがりの赤毛の猫に、鼻の下を伸ばしていた時だった。 「……あ! リック、あれ、あれじゃないっ!?」 ルークは飲食店のガラス越しに、"100%トマト粉末に果肉入り"なんて表示の文字を見つけた。 「リック! きっとあれだよ……あ、あれ?」 隣にいるはずのリックがいない。 「……」 辺りをキョロキョロするルーク。 「エクレア出身? 奇遇だなぁ、俺もそうなんだよ。 この潮風に吹かれた感じの毛並み、分かる? ちょっとパサついた感じ――海の男の薫りが漂ってるでしょ。 ――ごほん、港の貴公子リック・ゴードンと一緒に、午後の一時でもいかがですか、可愛いお嬢さん」 リックは赤毛の女の子に、声をかけていた。 さり気なく、ちゃっかり腰に手まで回している。 「……」 ルークは思わず眉間にシワを寄せ、目を細めた。 しばらくして、リックはそれに気づいた。 不味そうな顔で、えへへと笑っている。 「ごめん……ちょっと、港の貴公子出動令が」 名残惜しそうに女の子に手を振って、リックは駆け戻ってきた。 「……」 ルークは頬をぷーっと膨らませた。 「はは、ルークよ、そんな顔すんなよぉ……反省してるからさ」 毛並みをクシャクシャとさせながら、リックは笑っている。 ルークはため息を一つついた。 「リック……見つかったよ、"トマトジュースの素"」 その言葉を聞くなり、むくれ顔のルークの肩をポンポンと叩いて、 「そ、そうか! 見つかったか! いや〜大したもんだルーク。 行くぜ、行こうぜ、どこだどこだ」 そう言って、リックはいかにも親しげに左肩に手なんて載せてきて、「どこだどこだ」と言いながら歩きだした。 ルークはそんなリックに、つい気を許し、 「リックってば、調子がいいんだから」 呆れつつもいつもの顔に戻ってしまった。 −フィンの家− 「あぁ〜、疲れた」 リックは大きな袋に入った大量の"トマトジュースの素"を背負ったまま、入り口で立ち止まった。 「リック、もうちょっと奥に入ってよぉ……俺が入れないじゃん」 「ちょっと押してくれ、もう俺疲れちまった」 仕方がないなぁと、ルークはリックの背中の大きな袋を押し運んだ。 ……ドスン 大きな袋は無造作に床に置かれた。 「ふぅ、やっと身軽」 リックは額の汗を拭った。 ルークは、無造作に置かれた大きな袋を邪魔にならないよう――部屋の端っこに押し終えると、テーブルで、フィンと何かしているリスベルに近づいた。 リックはすでに、そこにいた。 「何してるの?」 ルークはリックの横に立った。 「ジャム作ったんだって。 で、美味しいパンも焼いたんだってさ……うまそぉ〜っ」 リックは言いながら、じゅるるっと口に手を当てている。 テーブルの上には、大きな瓶に入れられた濃い桃色をしたジャムと"マリンジャム"と書かれた、明るい青色のジャムが置かれていた。 焦げ目がいい具合についた、様々な形をしたパンも並んでいる――パンは、くるりと丸められた可愛らしいのに加え、異様な形に整えられた怪しげなものもチラホラと見受けられた。 その"怪しげなパン"を見ていたルークに、 「ルーク、美味しそうでしょうっ。 私が作ったんです、このパン」 とリスベルが言った。 「……やっぱり」 リックが横で小さく言う。 ルークは、 「いい具合の、焦げ目だね」 と言った。 「みんなパン食べる? 何か飲み物、取ってくるわ」 ニコリとしてそう言うと、フィンはグラスを取りにいった。 「食べます食べます!」 リックは喜んで椅子に座る。 「リック、はい、どうぞ」 微笑むリスベルは自分の作ったパンを差し出した。 「頑張って作ったんです、きっと美味しいです」 リスベルの笑顔に、 「……」 リックは食べざる終えなくなった。 フィンの手作りパンに比べ、リスベルのパンは変てこな形をしている。 食欲をそそると言うよりも――けれどもリックは覚悟を決め、 「ハグッ」 パンにかぶりついた。 半ば、無理矢理リックの口に突っ込まれたパン。 「ムグムグ……ゴックン」 リックは一かじりし終えると、言った。 「うむむ、形は不気味だけど……うまい!」 リックはムシャムシャと、持っていたパンの残りも、全て腹に収めた。 「わーっ、本当ですかっ!? 嬉しいですっ」 リスベルは頬を赤らめ、冷たい紅茶を運んできたフィンに嬉しそうな顔を見せた。 「良かったわね、リスベル。 さ、紅茶も召し上がれ……ジャムもあるから、パンにつけるといいわ」 フィンお手製のジャムを付けあいながら、みんなでパンを頬張った。 冷たいひんやりとした紅茶を口に含みながら、ルークは言った。 「ほんと美味しい……フィンさんって、何でも上手なんですね。 それにリスベルも、美味しくできてるよ、パン」 「そうですかっ」 リスベルは嬉しそうに微笑む。 「作るのが好きなの。 それに、みんなが美味しい美味しいって食べてくれているその顔を見るのが好きなのよ」 そう言って、フィンはパンを幸せそうに食べるリックを見つめた。 「いっぱい食ったなぁ……もう、腹一杯」 リックはルークに、にーっとした顔を見せた。 「ほんと、お腹一杯。 パンも美味しかったけど、ジャムも甘くって、ほんのりいい香りがしてて。 もうしばらく食べられなくなっちゃうなんて、残念だな……」 「ルーク、ジャムなら分けてあげるわよ、持っていきなさい」 フィンの言葉に、ルークは飛び上がった。 「いいんですかっ!?」 「もちろんよ」 「フィンさんのジャムいっぱい詰め込んじゃお」 隣のリックも喜んでいた。 「うーん、何か入れる物ないかなぁ。 あ、リスベル、小瓶持ってなかった?」 ルークがリスベルの方を向くと、 「ええ、ありますよ。 ちょっと……待ってくださいっ」 リスベルはローブをゴソゴソとした。 コトッ コトッ 「はいっ」 リスベルは小瓶を2つテーブルの上に置いた。 「私はそろそろ夕食の準備に取りかからないといけないから。 ジャムは好きなだけ持っていってね」 フィンはそう言うと、席を立った。 2つの小瓶にフィンの手作りジャムを詰めるルークを見、 「よし、俺もジャム入れるぞ! リスベル、俺にも一つないか」 とリックが言った。 「ええ、いいですよ……あ、でもリックのは、ちょっと洗ってから使った方がいいですが」 言いながら、リスベルはローブからもう一つ、小瓶を取り出す。 「はいリック」 「ありがと」 笑顔で小瓶を受け取ったリックだったが、次の瞬間、目をまん丸くさせ大声を上げた。 「なっ、何だっ!? 何か、中にいるぞおぃ!」 「え?」 リスベルは首を傾げ、リックの持つ小瓶を見つめた。 「どうかしたの?」 ルークも小瓶を覗き込んだ。 小瓶の中には、干乾(ひから)びた、細長いものが入っていた。 ところどころ毛らしきものが生えている。 それはリックが小瓶を振ると――弱弱しく小刻みに揺れた。 「何、これ」 ルークとリックは、何か衝撃的なモノを見てしまったと思った。 けれども当のリスベルは、 「何でしょう、これ………あ! ルーク、これ"綿毛虫"です。 ほら、古岩の森で取った毛虫ですよ」 と言って、リックからその小瓶を受け取り、懐かしそうにそれを見始めた。 「何だか、前見た時よりも小さくなっちゃいましたね……どうしてしまったのでしょうか」 不思議そうに毛虫を窺い、リスベルは右へ左へと首を傾けている。 「……ルークよ、何とか言ってやれ、リスベルに」 何とも言えない顔をして、リックがルークを横目で見る。 小瓶を振るリスベルに――その度に、哀れな綿毛虫は微かに上下運動をしているのを見やりながら――ルークは言った。 「リスベル、この毛虫干乾びちゃってるよ。 ちゃんと餌あげた? それに、水分がなくっちゃ……なんとか、生きているみたいだけど」 「水分、ですか」 リスベルはそう言うと、その小瓶を持ったまま、 タッタッタッタッ 夕食のご馳走を作り始めていたフィンの所まで走っていった。 「ん?」 「……あいつ何しに行ったんだ」 ルークとリックは、首を傾げた。 「あら? どうしたのリスベル」 「フィンさん、水どこにありますか?」 「あ、水ね……その端に水汲みポンプがあるでしょ、水樽の水を使ってもいいわよ」 「そうします」 リスベルはニコリと微笑むと、水樽に近づいた。 「リスベル?」 ルークとリックは、急に消えたリスベルの後を追い――料理をするフィンの後ろを通って――リスベルの背後に立った。 ジョボジョボ ジョボ ジョボ リスベルの後ろから、正面を覗き込んだルークとリック。 2匹共揃ってその光景に、 「な、何してるの!?」 「何してんだ!?」 絶叫した。 「……水、分」 リスベルは2匹の様子に不思議そうな顔をした。 チョポン 綿毛虫の入ったその小瓶は、水分――いや、水樽から注がれた水によって、たっぷんたっぷんに水が入っていた。 ……毛虫は、そんな瓶の中を、浮かんでいるというか漂っていた。 「……」 しばらくの間、あまりの出来事に、ルークはポカンとしていたが、 「お、おいルーク。 毛虫、今度こそ間違いなく死ぬぞ……早く救出してやんなきゃ」 と、口だけが正気に戻ったリックがそう言った。 「そ、そうだっ」 ルークは慌てて、 「リスベル、早く、水を流して! 早く!」 とリスベルに小瓶の中の水を捨てるよう促した。 「は、はい!?」 リスベルはそう返事すると、慌てた様子で、 ジョボバー 小瓶の水を、側の流し台から捨てた――綿毛虫も流れた。 「……」 リスベルは、これからどうしたらよいのだろうかと言った顔で2匹を見た。 「オイオイ、毛虫まで流してどーするんだよ」 リックは流し台に流された綿毛虫を拾い上げた。 3匹は、もとの、テーブルの部屋へと戻った。 「ルーク、私、何か……間違ってしまったみたいで」 リスベルの申し訳なさそうな様子に、 「俺がもっとちゃんと説明してあげなかったせいだよ。 俺も、悪かったんだ」 と、ルークは言った。 「どうでもいいけどよ、毛虫……ふやけてるぞ」 リックの声に、2匹は綿毛虫に視線を流した。 綿毛虫は、リックが腹を押すと、プーっと口? から水を吐いた。 体は3倍に膨れ上がっていて、ピクリとも動く気配がなかった。 「もう、ダメかもな」 リックのその一言に、リスベルは涙が出そうな顔をした。 「みんな、夕食よ! 今日はご馳走っ。 いつもより腕をふるって作ったわ」 フィンが食事を運んできた。 「わー、すごいや、美味しそう!」 「ご馳走だご馳走っ! ……リスベル、食事だから毛虫、その窓の側において置けよ」 リックはそう言うと、料理を運ぶフィンのところへと駆けていった。 「……」 リスベルは、そーっと綿毛虫を――窓の側に置いた。 「……」 ルークはそんなリスベルを、黙って見つめていたが、 「リスベル、しばらく、そっとしておこう」 とリスベルに近づきながら言った。 「はい、そうしておきます」 リスベルは元気のない顔で頷いた。 |
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