
フィンさんの手料理と、何かの気配……
quartz
*第五話・ 続・赤眼の猫2*
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服を干し終え、体をある程度乾かすと、ルーク達4匹は家の中へと入った。 「よく遊んだわね」 フィンは微笑みながら、椅子に座ったルークとリスベル、ロブスターの前に、ツブツブ挽肉入りのトマトソースがかかった"赤トマトスパゲッティー"を置いた。 皿の端には、星型の黄色いトマトが添えられている。 「どうぞ、召し上がれっ」 「いただきまーす」 3匹は食事を始めた。 そんなところへ、奥の部屋で着替えていたリックが姿を現した。 「何か、恥ずかしいなぁ」 リックは赤いTシャツと短パン姿で現れた。 すぐに乾きそうになかったので、リックはフィンが出してきてくれた服に着替えていたのだ。 「あら、よく似合ってるわリック」 フィンがそう言うと、 「そう、かなぁ」 少しはにかんだ笑みをして、リックは耳を撫でつけていた。 「んん〜っ♪」 気分を良くしたリックは、鼻歌を歌いながら空いていたロブスターの正面席に座った。 「はい、リック」 フィンはリックの赤トマトスパゲッティーを置いた。 「うはっ、うまそ〜っ……では、フィンさんの手料理いっただっきま〜す!」 リックはそう言うと、フォークをくるくるさせ、幸せそうな顔をして食べ始めた。 「……」 そんな嬉しそうなリックとは対照的に、リックの正面に座っているロブスターは膨れっ面で赤トマトスパゲッティーを食べていた。 「ロブスター、大好きなのにあまり食べてないわね」 フィンがそう言ってロブスターに近づいた。 「……」 ロブスターは目で何かを訴えているように見える。 それにフィンは、ハッとした顔をした。 「あ、ぁあTシャツね。 ごめんなさい、私のじゃ、貸せなくって」 「ん?」 スパゲッティ―をつるんといわせ、リックは顔を上げた。 「気にしなくていいのよリック」 フィンはロブスターをちらりと見やってそう言った。 ルークはそれが気になったので聞いてみる。 「どうかしたんですか?」 「ロブスターさん、どうかされました?」 頬にソースをつけたリスベルもそう聞く。 3匹が気になった顔をしていたので、フィンは微笑して言った。 「そのTシャツ、ロブスターのだったの、それだけよ」 フィンの言葉に後に、ロブスターは目を細めてリックを睨めつけた。 「小僧、ソース飛ばすなよ」 食後、ルークは、 「……」 死んだようにソファーで寝ていた。 ロブスターは、知らないうちにいなくなっていた。 「よっぽど疲れてたんですね、ルーク」 リスベルはそう言って、食後に出された、乾燥した青い花が沈んだ"花茶"をすすった。 「フィンさんの作ったジャム最高!」 リックはその横で、少し塩味のするクッキーに、フィンさん特製の桃ジャムをつけて頬張っていた。 「あぁあ、うますぎる」 そう言って、もう一枚口に入れていた。 ……そんなところへフィンが現れる。 「ルーク、リスベル、リック…あら、ルークはお休みね」 「どうかしましたか?」 リスベルがそう言うと、フィンはカゴを腕にかけて言った。 「今から少し、私は出かけてくるわ。 そんなに遅くならないと思うけど……2匹はこれからどこかへ出かける?」 「留守番なら任せて下さい! あ、フィンさんの桃ジャム、最高です」 リックが美味しそうにクッキーを頬張るのを見て、フィンはニコリとした。 「そう? ありがとうリック。 戸棚にまだいくつもあるわよ、オススメジャムは……"ブルージャム"かしら」 「フィンさん、私がちゃんとお家もリックも見ておきます」 リスベルに、 「じゃあ、お願いね」 そう返すと、フィンは裏口の方から出て行ったようだった。 「ブルージャム〜♪ ブルージャム〜♪」 リックは早速、戸棚を探っていた。 ザザァー……ザバン ザザァー……ザバン 静かな家の中には、外から波の音が聞こえる。 開いた窓から潮風が流れてきて――寝ているルークの毛並みを揺らしていた。 「リックっ」 リスベルが突然そう呼び、 「ん?」 リックは花茶をすすりながらリスベルの顔を見た。 「リックは、竜石使いですよね」 何やら急に真剣な顔つきになったリスベルを、リックは不思議そうな顔で見る。 「ああ、そうだけどよ……どうした? 急に」 リスベルは俯き加減だった顔を上げた。 「リックに、お願いがあるんです」 「お願い? 俺の場合、高くつくぞ」 冗談っぽくそう言ったが、リスベルは、 「構いません、竜石使いであるリックにしか頼めない事です」 と笑いもせずに返してきた。 リックはそんなリスベルの様子に、何かただならぬものを感じた。 でも、あえて顔には出さず、いつもの調子で話す。 「何だよ、言ってみな」 それを聞いたリスベルは、 「はい」 と頷くと話し始めた。 「リックにお願いがあるんです。 どうか、私たちと一緒に、旅へ出て欲しいんです。 ……私たちというのは、私、それにルーク。 でも、これから先、一緒旅をする方は増えていくと思います。 私は、世界に散らばった7つの竜石を使う"竜石使い達を探す旅"をしています。 そして、竜石使いの猫たちと共に、復活した黒い竜を倒したいと思っています」 おとなしく聞いていたが、リスベルはとんでもない事を言った。 思わず、リックは声に出して叫んでいた。 「何だって!?」 「お願い、できますか……」 リスベルのかしこまった口調が、何だかムズ痒い。 「確かに俺は竜石使いだ。 でも、あの黒い竜を倒すだって? ってか、黒い竜って生きてたのかっ!? 500年前に消えたって聞いたぞ……俺は作り話かと思ってたぜ」 リックは信じられないっといった顔でリスベルを見つめた。 「聞きたい事、答えられる事は何でも答えます」 リスベルはそう言うと、語り始めた。 「黒い竜は、確かに500年前、この世界から消えました。 でもそれは、ただ私が住んでいた異世界の"扉"に封印していただけ。 だから黒い竜は生きていました。 そして今再び、黒い竜はこの世界にやって来た……。 黒い竜は解かれつつあった封印のせいで、私たちが知らないうちに、"3匹の強者(つわもの)"を作り出しこの世界へ送り込んでいました。 ……そのうちの誰かを、"宿り主"にするために」 「宿り主?」 リックは首を傾げた。 「黒い竜はある時力を失い……強い力を使うには、自分をおさめるための"器"が必要になりました。 己が持つ全てを発揮するために必要な器、それを宿り主と呼んでいます」 リスベルは話したいことを話し終えたのか、口を閉ざした。 「……ふーん」 リックは見つめてくるリスベルから視線を逸らし、静かに腕を組んだ。 「世界を救うため、力を貸してくれませんか」 そう言ったリスベルの顔を見つめてみた。 リスベルの奴、嘘ついてるわけじゃないみたいだけど。 話の内容に、信憑性がないんだよな。 ……そんなことを思いながら、リックは黙り込んでいた。 時間は流れた。 リックは目を瞑って考え込んでいた。 リスベルはその間も、黙ってリックの答えを待っている。 ――このままの状態も、何だか気に食わないな。 「……世界を救うなんて大それた事、俺に出来るか分からない」 リックはそう言うと、目を開けた。 「でもな、竜石使いの力は必要なんだろ? 俺でよけりゃ、力になるぜ」 リックはそう言うと、ニコっと笑った。 ――誰かと旅をするってのも、悪くはないかな。 リスベルの言っていることも、気になるし。 内心、そんなことを思いながら、どこかホッとしているリスベルの額を指でツンと押してやった。 「ありがとう、リック」 リスベルも微笑んだ。 ザザァー……ザバン ザザァー……ザバン 「フィンさんはどこへ行かれたのでしょうね」 リスベルがそう言うと、 「ほんとだな。 あ、でもきっと夕食の買い出しだぜ」 リックはそう答えて、何やら物思いに耽り始めた――きっと夕食の事で。 「……でも、リック。 フィンさんは"裏口"から出て行かれましたよ。 買い出しなら、この、目の前の扉から出た方が、店通りは近いですし。 あ、リック、ジャム貰えます?」 リスベルがリックの前に置いてあるジャムを取り、それをクッキーに塗りつけるのを見やりながら、 「そりゃ、そうだな……言われてみれば」 リックはそう言った、言ったかと思うと立ち上がった。 「俺、ちょっと裏口見てくる」 「……ブルージャム美味しいですね、私が食べてた故郷の味に似てますよっ」 リックの後姿を見ながら、リスベルはもう一枚クッキーを頬張った。 台所に入ってすぐ、リックは、裏口と思われる扉を見つけた。 「ここかぁ、裏口。 フィンさんはよく出入りしてた気がするけど、この向こう、どこに繋がってるか知らなかったなぁ。 ……何だか、裏口って考えてみると響きが怪しいよな」 そんな事を言い、何やら自分の想像に耽りながら、リックは扉のノブに手を掛けた。 ガッチャ 開けて、一歩外へ踏み出ようとしたが、リックは慌てて足を引っ込めた。 「ひぇっ!?」 ザザァ……ザザザァ ザザァ……ザザザァ 「な、何だ……すぐそこが、海っ?」 リックは扉の向こうの光景、大海原に目を真ん丸くした。 「変な裏口だなぁ」 そう呟きながら、部屋の中を見回してみた――水汲みポンプの奥に、もう1つ扉がある。 「そうだよな」 奥の扉を見つけ、リックは頭を縦に揺らしながら、大海原に続く扉を閉めた。 ガッチャ 奥にあった扉を開けてみた――どうやらこの扉は浜辺に続いているようだ。 「フィンさんはきっと潮干狩りにでも出かけたんだな。 夕食はきっと海の幸たっぷり料理だな、きっと……うふ、楽しみ」 リックは口から溢れそうになったものをジュルルっと抑えた。 リックが戻ると、リスベルは座ったまま眠りこけていた。 「寝ちまってるよ……ジャム握って寝てやがる」 リスベルが握り締めていたジャムをテーブルの真ん中に置くと、リックは一つ欠伸した。 「ふわぁあぁ、俺も眠たくなってきた」 もう一つ欠伸すると、リックはルークの寝ているソファーに近づいた。 「……ちょっとは場所を譲れよなっ」 そう言いながら、寝ているルークを少し横へ移動させ、ソファーにもたれ掛かった。 「こんな天気のいい日は…昼寝に……限る……」 ソファーの凹みに顔を埋(うず)めると、リックも気持ちの良さそうな寝息を立てながら眠ってしまった。 ザザァー……ザバン ザザァー……ザバン いい気持ちで眠っていたルークは、頭を何かにぶつけて目を覚ました。 頭も痛いが、手足もジンジンと痛む。 「ん、んん……痛い」 ソファーで寝ていたはずなのに、気づくと床の上だった。 目をこすりながら、ルークは起き上がる。 ソファーを見ると、その上でリックがゴロゴロと寝返りをうって眠っていた。 いつの間にかソファーで一緒に寝ていたリックに、どうやら床へ落とされてしまったようだ。 風がひんやりしている。 窓の外は、橙色に染まっていた――もう夕方か。 リックがまた寝返りをうった。 額にシワを寄せて、 「ンガー……グググ…ンガー……ガガガ」 リックは何かにうなされている。 「寝ちゃってたんだ、リックも、それにリスベルも」 リスベルは椅子に座ったまま、器用とも思える体制で眠りこけていた。 それに少し笑いながら、ルークはゆっくりと立ち上がった。 ……その時だった。 ガチャッ キュウウウ 裏口の開く音がし、 「遅くなっちゃった、ついつい遠くまで出かけちゃって」 フィンの声がした。 その声に反応したのか、リックが目を覚ます。 「うー……フィンさん。 ふ、ふわぁあぁあぁ……寝たぁよく寝た」 そしてそのリックの声を聞き、 「……」 連鎖反応のようにリスベルも目を覚ました。 寝ぼけた様子で、リスベルはルークの顔をぼけっと見つめてくる。 「みんな寝てたのね。 ごめんなさい、遅くなっちゃって、今から夕食を作るわ」 フィンがそう言うと、リックは目をパチッとさせ、 「何作るんですかっ!」 と嬉しそうに聞いた。 「きっとみんな慣れない潮風で毛並みが傷んじゃってるから、海藻の和え物と……白チキンを使った料理よ。 大きな貝で、蝶々焼きも」 嬉しそうなリックにニコリとすると、フィンは夕食の準備に取りかかり始めた。 「楽しみ楽しみ」 リックは夕食のため、テーブルやその周りの片づけを始めた。 「リスベル、夕食だぞ。 片づけるから、どいたどいたっ!」 「……」 寝ぼけているのか、ぎこちない動きをしたリスベルは、リックによってその場所から追い出された。 まだ夢心地なリスベルは、ルークの横で静かに立っている。 ルークはリスベルの前に立つと、リスベルの顔の前で手を振ってみた。 「俺たちも手伝おっか……リスベル、目、覚めた?」 「……」 まだ少し、寝ぼけているようだ。 「もう少し、起きるのに時間がかかるみたい」 ルークはリスベルをソファーに座らせた。 座らせると、リックと同じように片付けを始めた。 夕食の準備ができ、料理を次々とテーブルに運んでいた時だった。 ガチャ キュウゥウ ロブスターが帰ってきた。 「あらロブスター、ちょうどいい時に帰ってきた。 今日は少し早いけど、夕食ができたの。 ……みんな、もう片付けはそこまでにして、食べましょ。 ロブスターも席についてちょうだい」 フィンがそう言ったので、ルーク達はそれぞれ椅子に座った。 食卓には、たくさん盛られた海藻の和え物。 そして狐色の焦げ目がついた白チキンと、それにかけるフィンお手製の5種類のソースが並んでいる。 広げた手よりも大きな貝の蝶々焼きは、部屋の中に、食欲をそそらせる香りを漂わせていた。 「いただきま〜す!!」 フォークやナイフを手に取ると、皆食事を始めた。 「うめぇ〜」 リックが山羊みたいな声を出した。 それに笑いながら、リスベルが言う。 「チキンとソース、とっても美味しいですっ」 「フィンさんの料理すごくおいしい」 「そう言ってもらえると、作った甲斐があるわ。 ……ロブスター、貝の蝶々焼きのお味はどう?」 フィンは黙々と食事をしているロブスターの方を見た。 「うまい」 「本当? 嬉しいわ」 ロブスターの言葉に、フィンは嬉しそうに微笑んだ。 ルークは食べ終え、フィンが淹(い)れてくれたお茶を飲んでいた。 飲みながら、隣に座っていたリックを見る。 「食ったぁ〜〜〜っ、ふぅ」 リックは踏ん反り返ってお腹をさすっていた。 「リック食べ過ぎ」 その様子に思わずルークは笑った。 リスベルはフィンに何か尋ねながら、取り皿に残った和え物を食べていた。 ロブスターは、何だか耳をピンと立てていて――鋭い眼を見開いている。 それを見てルークは言った。 「どうかしたの? ロブスター」 ちょうどルークがそう言ったのと同時だった。 突然ロブスターは立ち上がった。 「??」 皆の視線が、ロブスターに注がれる。 当の本猫は、何やら額にシワをつくり、ピンと立てた耳の方向へ顔を向ける。 「ロブスター?」 フィンの声に、目だけロブスターはこちらへ向けたが……それも束の間。 ロブスターは入り口の扉を勢いよく開けて、そのまま外へ飛び出していった。 「……」 ルークとリスベルは顔を見合わせた。 よくわからないが、何か胸騒ぎがする。 「行こう」 そう言い、互いに頷くと、ルークとリスベルも外へ飛び出した。 「何だ何だ?」 リックは反らせていた体を起こした。 −家の外− 外はもう暗く、月と星が空に輝いていた。 外へ出たルークとリスベルは、聞き耳を立てるロブスターを見つけ、すぐにその側へ駆け寄った。 「どうしたんだ、ロブスター」 ルークがそう聞くと、 「……ヤツが来る」 ロブスターはそうとだけ答え、急に走りだした。 「ヤツ?」 「行ってみましょう、ルーク」 「う、うん」 ルークとリスベルは、見えなくなっていくロブスターの後を追った。 −家の中− 窓を開け、外を覗いていたフィンは言った。 「あらリック……みんな街の外の方へ行ってしまったわ」 「ええっ!?」 リックは跳ね起きるように立ち上がった。 「こうしちゃいられねぇ、俺も行ってきます」 そう言って、一瞬フラリと立ち眩みするも、外へ駆け出していった。 「……ん?」 フィンはソファーの横の弓矢に気づいた。 それを見、 「待ってリック! 忘れ物よ!」 フィンは慌てて叫ぶ。 リックはハッとした顔をして、中へ駆け戻ってくる。 「これを忘れてちゃだめでしょ、リックの仕事道具なんだから」 フィンはリックの弓矢を手渡した。 「うっかり」 リックは照れながら矢筒をつけ、弓を肩に掛けると、 「じゃ、行って来ます」 言って、ルーク達と同じ方向へ駆けていった。 「朝ご飯を作って待ってるわ!」 リックの後姿にそう叫んで手を振ると、フィンは窓を閉めた。 −街の外れ− 風を切るように走りつづけていたロブスターは、足を止めた。 背には淡いオレンジ色の光、スフレの街明かり。 空に輝く月明かりと街明かり以外辺りは何も見えず、植物と、湿り気を含んだ土とが足もとから広がっている。 黙して、ロブスターは正面を見据えていた。 「はぁっ、はぁっ」 ルークとリスベルは、やっとのことでロブスターに追いついた。 息も落ち着かぬまま、ルークは言った。 「ロブスター、一体、どうしたんだ?」 「お前達には聞こえないのか」 2匹にちらりとだけロブスターは目をやる。 「…?」 ルークとリスベルは顔を見合わせると、目を瞑って耳を澄ましてみた。 トスン……トスン……ドスン……ドスン 「あし、おと?」 ルークの耳には、遠くの方からする、何かの足音のようなものが聞こえた。 微かに大地を揺るがすその音は、だんだんと、確実にこちらへ向かってきている。 ……足から伝わってくる振動が、次第に大きくなっていく。 「ヤツのニオイもする」 ロブスターがそう言ったので、ルークは鼻を動かしてみた。 「ニオイ? そうかなぁ」 塩味を微かに含んだ夜風のニオイしかしない。 「ロブスターさんの鼻はすごいですね」 リスベルがそう言うと、 「……のんきにしている場合ではなさそうだ。 私は行く、お前達は家へ帰ってろ」 ロブスターはそう言い残し、音のする方へ走っていってしまった。 「ま、待って! あぁ、行っちゃったよ」 どうしよう、とルークはリスベルを見た。 「ルーク、私はロブスターさんについていこうと思います。 ルークは家へ帰っていた方が」 リスベルが言い終わらぬうちに、 「俺も行く」 とルークは早口に言った。 「……危険が伴いますよ」 「そんなことわかってる、今の俺には蒼爪があるんだ」 リスベルの渋い顔に背いて、ルークは先へ向かった。 「……」 リスベルもその後ろ姿を追って、走りだした。 暗い辺りとほとんど同化してしまったようなロブスターの後を追って、2匹は走り続けた。 しばらくして、目の前のロブスターは急に立ち止まる。 追いつき、ロブスターの後ろで立ち止まったルークとリスベル。 ルークは正面に見えるものに思わず、 「何なの? あれは」 と零した。 ルーク達の見つめる方向には、闇に蠢(うごめ)く姿があった。 次第に明らかになっていく――たくさんの首、数えると6つの首を持つ、硬そうな濃い灰色をした皮膚が覆う姿。 それはとてつもなく大きな竜だった。 「グアルルルゥウウ」 「"ティアマット"……猫肉(びょうにく)を好む猛竜だ」 ロブスターの言葉に、ルークは震えた。 ティアマットの低い唸り声に混じって、声高い声が聞こえてくる。 「逃げる間を与えてやったというのに、まだこの街にいたとはな。 また私のすることに物言いか? 黒猫」 その声はティアマットの頭上からしていた。 ロブスターは直ぐさまそれを察し、 「デクス・ロア」 と、額にシワを寄せた。 「はぁっはぁっ……このぉ、食後のくせして、おめーら早いんだよ足が」 リックが後ろから、息を切らしてやって来た。 ルーク達は少し驚いた顔でリックを見やる。 息を整えると、リックの顔は真面目になる。 「俺は、まだ許してねぇんだぞ」 リックは刺すような眼差しで、デクス・ロアの声がする方を睨んだ。 「気に入らん猫ども、余程死にたいと見えるな」 地上へ音もなく降り立ったデクス・ロアは、不適な笑みを浮かべた。 「お前なんかに気に入られるくらいなら、俺は死んでやる」 リックも負け時と、嫌味な笑顔をつくった。 「悪さするヤツは許さない」 ルークは蒼爪を構え、横にいたリスベルはローブから右手を出した。 ……それらに目を細めて、 「私は悪さなどした覚えはないが」 デクス・ロアは首を少し傾いだ。 「冗談じゃねぇ!」 そう叫んだリックは、キリキリといわせていた矢を放つ。 緑の風が矢を包み、矢は威力を増してデクス・ロアへ向かった。 飛んでくる矢を目前にして、サッと空へ舞い上がると、デクス・ロアはロブスターに迫る。 長い爪はロブスターのマントを裂いた。 前へ体を反らせたデクス・ロアに、ロブスターは弧を描くように右爪を揮(ふる)った。 その右手をパッとデクス・ロアは掴む。 続けてロブスターは左爪も浴びせようとしたが、左腕を掴まれてしまった。 「おっと、危ない」 デクス・ロアは不適に笑む。 そうして、背後から矢先を向けているリックへ向けて、ロブスターを突き飛ばした。 「気をつけたまえ」 背後にそう呟くと、ルークとリスベルの方を見やる。 そしてハッと気づいた時には、ルークの目前にデクス・ロアの顔があった。 「おやおや、こんなところに」 ルークは慌てて身を引く。 右手の蒼爪に力を込めた。 「私とやる気かい? 面白い」 デクス・ロアは右手の指を滑らかに動かすと、ルークに迫ってきた。 ルークは無我夢中で蒼爪を振った。 けれど押されて、ルークの身体は後ろへ後ろへと後退する。 それを面白そうに、まるで耳の方まで裂けていそうな口をして、デクス・ロアは向かってくる。 「逃げ腰になってるぞ、子猫チャン」 デクス・ロアはケラケラと笑い始めた……明らかに、ルークの様子を楽しんでいる。 「……」 ルークはそれに苛立ってきた。 恐ろしくて怯えていた気持ちが、蒼爪を振るごとに変わっていく。 そして次の瞬間。 ルークは足先にグッと力を込めると、姿勢を前のめりにさせ、懇親の力を込めて蒼爪を振り上げた。 鈍い感触が手に残るまま、掻くようにして蒼爪をデクス・ロアから離す。 思ったよりも力が入りすぎて、ルークは一瞬フラリとした。 「よくも、やってくれたな」 デクス・ロアがこちらをじっと見てくる。 その視線に、ルークの身体は硬直した。 胸の前で構える蒼爪から、生ぬるいものが腕へと伝わってくる。 ルークが奮闘している間、リックとロブスターは体制を立て直していた。 リスベルはどう手助けしたら良いかといった風だったが、その場に立ち竦みそうなルークを支えに走ってきた。 デクス・ロアの腹部から、ポタポタと滴り落ちるものがある。 それが血だと気づいた時、デクス・ロアがぼそりぼそりと何かを言った。 「……血」 ルークに聞こえたのはそれだけだった。 今なら背後から襲えるというのに、ロブスターはこの好機を、ただデクス・ロアを見つめている。 動けるものなら、ルークはすぐにでも蒼爪を揮いたかった。 でも、身体が動かない……力が入らない、震えている。 自分の腹から流れる血に、デクス・ロアは真っ赤な目を丸くしていた。 そうして、何を思ったのか、服の上から自分の左腕を爪で裂いた。 その様子をはっきり確認できる場所にいたリックは、その光景に顔をしかめた。 「お前、何をした……この私に何をした」 デクス・ロアの視線がルークに向けられる。 余裕の笑みを浮かべていたあのデクス・ロアが、悲痛に引きずった顔をして、ルークを見やっている。 デクス・ロアの言葉の意図を掴めないでいたルークだったが、こちらへ突き出されたデクス・ロアの左腕を見た時、その意味を理解した。 ……深く裂かれたはずのデクス・ロアの左腕から、血は滴っていない。 それどころか、月明かりに見えるその腕は、無傷も同然だった。 デクス・ロアはルークを睨みつけているような眼差しで凝視している。 その目がルークの右手の辺りで止まった。 「……いや、こんな猫ではなかった」 呟きは、誰かに問い掛けるものではなく、デクス・ロア自身に問うているようだった。 目を細めたデクス・ロアの姿は、闇に溶けこむようにして――ルーク達の視界から消えた。 音もなく、一瞬の出来事だった。 「ヤツ、どこへ行った!?」 リックがキョロキョロと辺りを見回す。 「……ヤツらしくもない」 ロブスターがぼそりと言う。 その言葉を聞いて、 「まさか、デクス・ロア、逃げたのか!?」 リックは叫ぶようにそう言った。 「わけがわかんないぞ、おい」 リックが何か言いたげに振り返る。 けれどルークはそれに反応するほど力が残っていなかった。 急に力が抜けてしまって、さっきの気迫が嘘のように、リスベルに支えられて立っていた。 「ヤツは何もせぬに去ったのか」 ロブスターはデクス・ロアの残した血痕に視線を落とす。 「……ヤツは十分、しでかしてるよ。 俺たちこのままいたら危ねぇぞ、逃げろぉ」 リックが駆け出した。 足もとから身体中へ、振動が伝わってくる。 3匹は振動の主を見上げた。 ティアマットが巨体を揺らしてこちらへやってきている。 「あんなに大きいの、どうやって倒すの……」 6つの首をうねらせるその竜は、まるで空にまで届いているかのような大きさ。 頭の先まで、ルーク達には見えない。 猫たちの頭上で、真っ赤な半月の目が動く星のように見えていた。 |
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