暗闇に次々と現れたものの正体は……
quartz
*第四話・追憶の猫5*
|
「何者だ」 「吸血鬼…… いや、違うニオイもする」 「吸血鬼が殺されているぞ」 闇の中に、ポツンポツンと小さな赤い光が現れた。 その光は、闇の中でグルグルと動く。 次第にその数は増えていく。 それと同時に囁き声も増えていき、気づけば四方から、低く、毛の逆立つような囁きが聞こえていた。 ……ファムは、辺りが冷たい空気に包まれているのを感じた。 それは言うまでもなく、吸血鬼たちが集まってきているせいだった。 「こいつは吸血鬼でもない、猫でもない」 1匹の吸血鬼が低い声でそう言い、違う者も、 「ヤツは右手に"十字架のくい"を持っている」 と威嚇するよう歯を剥き出し言った。 どうやら吸血鬼たちは、黒猫をどう理解していいのかわからないようだ。 それに黒猫が右手に"十字架のくい"を持っていることもあり、恐れて近くには近づけない様子。 しかしそんな場に、何か違う空気が流れた。 「何事だ」 暗闇から落ち着いた雄猫の声がした。 それはこの場に似つかわしくない、澄んだ声音。 どこか明るささえ感じてしまうその声と共に、暗闇にまた2つ赤い光が灯った。 「デクス・ロア様」 吸血鬼たちが口々にそう言い出す……どこか敬うような言葉遣いで。 「……」 黒猫の前に、灰色の毛並みをした――何か張りつめた空気を漂わせる1匹の吸血鬼が現れ た。 デクス・ロアと呼ばれたその吸血鬼は、黒猫を一目見、フンと鼻を鳴した。 「噂には聞いていたが、このような場所でお目にかかるとは思わなかったな。 このニオイはどこかで嗅いだことがある……ヤツと同じニオイがする」 黒猫は目を細める。 灰色猫は裂けたような不気味な笑みをすると、 「そう、確か名は"ホルクス・ハウント"」 と低い声を吐いた。 「ホルクス・ハウントだと!?」 「あいつの血族か」 デクス・ロアのその言葉に、辺りの吸血鬼たちはざわめいた。 「私はデクス・ロア。 我が父は吸血鬼の王"ダリク・ロア"。 そちらも名ぐらい名乗れよう」 デクス・ロアがそう言うと、黒猫は相手を睨めつけ言った。 「俺の名はロブスター・ハウント。 それ以上のことは、自分のことであろうと詳しくは知らん」 ロブスターの名を聞き、辺りの吸血鬼たちはさらに何やら口々に囁く。 「ホルクス・ハウントは奇怪な力を持っていたと聞いた」 「吸血鬼をも恐れおののく力を持っていたと……」 「ヤツの血族、コイツも何かあるのではないか」 「静まれ」 デクス・ロアが低く一声すると、吸血鬼たちは瞬時に静まった。 いつの間にか、雨が降り始めていた。 雨は小降りだったが、強さを増してきている…… そんな時だった。 「グアルルルルゥゥゥ」 遠くから不気味な遠吠え声が聞こえた。 「何だ」 ロブスターは声のした方へチラリと振り返る。 「どうやら誰かが"ティアマット"に襲われているようだ」 一瞬ニヤリとロブスターへ笑んだデクス・ロアは、空を見上げ呟く。 「雨が酷くなる……面倒だな」 「ティアマット……ティアマットだと」 ロブスターはその言葉を反芻した。 「お前たち、今日はこのくらいで引き返す。 連れて行ける猫どもは連れさらっていけ」 デクス・ロアに一礼し、吸血鬼たちは次々と羽音のような音を立て、辺りへ散らばり消え去った。 「……」 ロブスターはデクス・ロアをじっと警戒した目で見つめていた。 「ロブスター・ハウント、これ以上、貴様が我々の世界へ入り込むことはあまり賢い選択だとは言えん。 父親の汚名だけでなく、自ら失態を起こしたのだから。 私としては、迎える気など最初からありはしなかったがな」 デクス・ロアは冷たい眼をロブスターへ向ける。 「さて、私はティアマットの様子でも見てこよう。 去る前に、貴様に優しいアドバイスを一つだけやる。 ……命が惜しくば、早くこの地を去ることだな」 デクス・ロアは不適に微笑んだかと思うと、サッとロブスターの前から姿を消した。 ロブスターの脳裏に不安が過ぎった。 いた家屋の上から飛び降り、ファムの隠れる場所へ下りた。 「サリアはどこにいる」 ロブスターがそう問い掛けると、ファムは辺りに吸血鬼がいなくなったことを確認しながら、そこから出てきた。 「サリア? サリア・ベスの事かい?」 そう言って、ファムはまだ辺りをキョロキョロしつつ、ロブスターの顔を見る。 「早く言え」 ロブスターがそう急かすと、ファムは少し怯えつつ頷きながら、 「サリアはキシュという神官と2匹で、街の入り口の方へ向かった」 と素早く答えた。 …… ロブスターはそれを聞くなり、音もなくそこから姿を消した。 しばらくその場にプルプル立ち尽くしていたファムだったが、 「俺、早く教会へ逃げなきゃ」 そう呟き、早足でその場を立ち去った。 −賑やかだった通り− ゴロゴロゴロゴロ…… 空はどんよりとし、雨が激しく地上に降り注いでいた。 雷が、時には大きく鳴り響く―― 神官たちは必死に街猫たちを救おうと懸命だった。 しかし吸血鬼は目にも止まらぬ速さで現れ、街猫、神官でさえもその何かに襲われ一瞬で連れさらわれてしまう。 ……猫と吸血鬼とでは、その者の本質が違うのだ。 闇を生きる吸血鬼は、猫以上に闇を知り尽くしている。 サリアとキシュは向かう途中、瓦礫で埋もれた場所――以前は通りであったところに立ち尽くす、数匹の神官たちに出会った。 「私たちも参戦します」 サリアとキシュはそう言い、彼らに加わった。 散らばっていた神官たちは皆、集まってきていた。 13匹集まった。 「奴等と一匹どうしで対等に戦うのは不可能だ」 「全員で、残った者だけで、力を合わせよう」 疲れ果てていたはずの神官たちも、仲間が集まってくるに連れ士気を上げる。 まだ疲労の少ない者たちは、懸命に皆を奮い立たせた。 「皆で集中攻撃だ!」 キシュがそう呼びかけ、サリアも、そして他の神官たちもそれに賛同した。 「我らにイージスのご加護を」 サリアは小さく唱えた。 「ハーロゥ!!」 目映い光が現れ、辺りを明るく照らし出した。 そこにいた吸血鬼たちにまでその光が及ぶと――たちまち彼らは光に締め上げられた。 「猫どもめ」 「その肉、引き千切ってやる……グルゥ」 締め上げられた吸血鬼たちはバタバタと暴れた。 けれども神官たちが捕らえた吸血鬼たちの胸に十字架のくいを押し当てると、彼らの皮膚は見る見る黒焦げていき、呻きながら灰へと変わった。 神官たちは頭が痛くなりそうな腐臭と吸血鬼の死に様に、思わず目を背けた。 「片づけた吸血鬼は、4匹か」 「生き残った神官は6匹だ」 そんな言葉をぼそぼそと交わす、座り込んだ神官たちの声に、サリアは胸が痛んだ。 「この辺りにいる吸血鬼は退治できたみたいだな」 神官の一匹がそう言い、湿った毛並みを撫でつけた。 「ところで、この辺りの街猫たちは、救えたのか?」 キシュはそう言って、始めにこの場所にいた、裂き傷だらけの神官服を着た猫の方を振り返った。 その猫、その周辺の猫たちも何とも言えない顔をする。 ……しばしの沈黙の後、そのうちの一匹が言った。 「ここにはもういない。 戦うのだけで、精一杯だった」 ザザザアァァァ ゴロゴロ…… 雨は激しさを増していた。 服が張りつき、体に重くのしかかる。 雨風が神官たちに吹きつけ、彼らの傷に痛々しく触れていた。 「うぅぅ」 一匹の神官は胸に深手を負っていた。 それを見、サリアは、そっとその猫の胸に手をかざした。 …… 柔い、優しい光がサリアの手から溢れる。 その神官の深手は、傷口が塞がり、ほんの少し治癒した。 「ありがとう」 弱々しい声で、その神官はそう言った。 サリアは他の神官の傷も癒した。 「サリアと私は"街の入り口"へ向かうつもりだった」 キシュがそう言い、他の神官たちも頷いて、 「私たちも一緒に行こう」 と口々に言った。 あたりはとても荒れ果てていた。 胸が痛むような光景をものともせずに、神官たちは警戒しながら、足場の悪い道を進み続ける。 辺りは雨で滑りやすく、崩れた物が頭上から何度も落ちてきたりもした。 サリアも、それに他の神官たちも、何度も危ない目に遭った。 −街の入り口− 雨の中、たどり着いた神官たちの耳に、 「グアルルルルル」 何か、足を伝ってくるような低い呻き声が聞こえた。 「何?」 サリア、それに他の神官たちも、何事かと言った顔つきで辺りを見回す。 ザザァァァァ 雨音の中、神官たちは皆、耳を澄ます。 「グググ……グアァルルル」 今度は頭上から聞こえた。 神官たちは、顔を上へ、上げた。 それはまるで、12個の大きな赤い星が、空に輝いているようだった。 しかしすぐに、それが星ではないことに気づく。 星は少し近づいてきたかと思うと、傾いた、赤い三日月のようになった。 ……雷鳴が轟いた。 その瞬間、何かとてつもなく大きな姿が神官たちの目に映った。 それは6つの頭首を持つ、大きな竜の目だったのだ。 「グアルルルル……」 濃い灰色をした硬い皮膚に覆われた姿。 それはあまりにも暗闇に溶け込み、その姿を確認した後でも、ハッキリとはわからないほどだった。 「あれは闇の竜……六頭竜、ティアマット!」 神官の一匹がそう叫び、皆、顔を強張らせた。 ザザザアァァァ 雨の音が彼らの沈黙を埋めた。 「なんて、大きさだ」 皆、その大きさに圧倒されて動けずにいた――が、そうもいかなくなった。 「グアルルルルル」 ティアマットは急に6つの頭をこちらへ向けた。 そして気づけば、ティアマットが大口を開け、ものすごい勢いで襲ってくるところだった。 「グアウ」 ティアマットは一番手前にいた神官にまず襲いかかり、目にも止まらぬ素早い動きで、その大口にいれてしまった。 俊敏な動きで体をうねらせ、6つの頭を地上まで近づけると、ティアマットは 他の神官たちにも次々と襲いかかった。 辺りに泥が飛び交う。 走り惑う神官たちの飛ばしたもの……そして、ティアマットの起こす地響きと唸り声に震え上がる泥。 ティアマットは神官たちに攻撃を与える暇すら与えなかった。 ひっきりなしに食らいつきに襲いかかる口々に、神官たちは最早ただの猫、いや、逃げることしかできないティアマットの獲物と化していた。 「森だ、森へ逃げるぞ!! サリア、こっちだ、みんなこっちだ!!」 キシュはそう叫び、側にいたサリアの腕を手繰り寄せるように掴むと、サリアを引っ張りながら暗い森へと走った。 −街外れの森− ジャバッ ジャバッ ジャバッ 泥のはねる音、そして、 「はぁっはぁっはぁっはぁっ」 「はあぁ…っはあっ…」 2匹の猫の荒い息遣いが、静かな森に響いていた。 必死に走り続け、キシュとサリアはどんどん森の奥へと向う。 大きな一本の樹の前で、2匹は立ち止まった。 「はぁっ…はあぁっ」 2匹は息を切らしながら、樹にもたれ掛かった。 もうこれ以上走れない……もうこれ以上、これ以上。 サリアの頭の中には、その言葉が木霊する。 ザザザアァァァ 雨は激しく降り続いていたが、2匹に降りかかることはなかった。 立派なこの樹が、傘のように雨から2匹を遠ざけてくれていた。 2匹の後には、誰も来なかった。 サリアはその方向を向いたまま、 「他のみんなは」 と小さく言い、キシュへと顔を移した。 キシュもサリアの方を向いていた……が、何か、様子がおかしい。 「サリア……逃げろ、ぅぅ」 と言ったかと思うと、 ドサッ その場に、力なく座り込む。 「キシュさん!?」 サリアは首と腹から血を流すキシュに、呆然としてしまった。 けれども最後の言葉、キシュの最後の言葉を思い出す。 ……その時、背後に何かを感じた。 「!?」 サリアはハッとして振り返る。 「ご機嫌よう、猫のお嬢さん」 背後に立っていたそれに、サリアは凍てつく。 現れたそれの真っ赤な2つの眼を見た途端、身体中の毛が逆立たった。 不気味な赤い2つの眼は、サリアに近づいてきた。 ……それは、灰色の毛並みをした吸血鬼。 「ん…っ」 サリアの足は、本能的に後退りしていた。 目はカッと見開かれ、身体から血の気が引く。 吸血鬼はどんどんとサリアに迫ってくる。 後退りし続けていたサリアだったが……その背中に、生暖かい木の幹が触れた。 無意識に、サリアの右手は胸の十字架を握る。 「……」 吸血鬼は不適な笑みを浮かべた。 −街の入り口− 「グアルルルルル」 ティアマットはまだそこにいた、生き残りの神官1匹を追いかけていた。 「はぁあっ……はぁっ」 「グアルルル」 それまで地を這うように動いていたティアマットの6つの頭が、気づけばその神官の頭上高いところにあった。 轟いた雷で一瞬見えたティアマットの姿は、身体に対し、首が無理にねじれたようだった。 赤く光る目が、何やら不適に笑んだように見える。 「はぁっ……はぁっ……」 神官は立ち止まり、胸を押さえ、何が起こるのかと不安げにティアマットを見つめた。 頬を、雨に混じり汗が滴った。 「グルル」 ティアマットは、まるで彼らの6つの首を束ねたかのような、長く太い尾を持ち上げた。 「な、何だ」 神官は顔を歪めた、嫌な不安は的中していたのだ。 「グァアア」 ティアマットがそう鳴き叫んだかと思うと、持ち上げられた長く太い尾が地上を滑った。 地面を揺るがす振動と共に、それは神官へ迫ってきた。 『も、もうお終いだ』 神官は目を閉じた。 長く太い尾から抜け出すことは不可能だ、走っても間に合わない…… そんな覚悟を決めていたであろう神官に、ティアマットの尾は容赦なく、迫っていた。 ザザッ…ザザザザア 神官の耳に聞こえ続けていた雨音が、一瞬途切れた気がした。 「……」 ティアマットの尾よりも早く、何かが神官に迫る。 その何かの後に太い尾が横切ったが、尾は神官にぶつかる事はなかった。 ティアマットは勢いよく振った尾のせいで、体を不安定に揺らし、地響きをさせた。 ドスンドスン…… 辺りに、まるで大砲を撃ったかのような地鳴りが響き渡った。 ザザアァァァ 雨音と、 「怪我はないか」 聞いた事もない声が神官の耳に聞こえた。 「っ!?」 神官がハッと気づくと、側に黒猫が立っていた。 「あ、あぁ……あなたは?」 神官がそう聞くと黒猫は、 「ロブスター・ハウント。 今はそれ以上、名乗れなさそうだ」 と言った。 「グアルルルルル」 低い唸り声が聞こえた。 怒りが込められた、足の先から耳の先まで震えるような唸り声。 ティアマットが、12個の血走った目をこちらへ向けていた。 「あぁ…」 神官は恐怖で足もとに崩れ落ちた。 「そこにいろ」 ロブスターはそう言うと、ティアマットがいる方へと向かっていった。 「グアルルル」 ティアマットは向かってきたロブスターに食らいつこうと、6つの口々を大きく開け襲ってきた。 「…っ」 ロブスターはそれらを素早く交わし、一つのティアマットの頭に乗る。 「グアルルル」 ティアマットの口々は、今度はそこへ襲いにかかった。 「……」 でもロブスターはまたもやサッとそれを交わし、地上に降り立った。 ……ティアマットの口々はロブスターではなく、ロブスターの乗っていた頭に、噛みついた。 「キャウウウ」 そのティアマットの頭は、悲痛の声を上げ、へし折れたように傾いた。 「キャウウウゥゥゥ」 他の首たちも悲痛の声を上げる。 どうやら痛みが全てに伝わっているようだ。 「グアルゥ……グアルルゥ……グルグルグル」 ティアマットの首たちは、どれも狂ったように鳴き叫ぶ。 目は、燃えるような真っ赤な輝きを爛々とさせている。 同じく真っ赤な口を、開閉させ、鋭い歯をガチガチと鳴らす。 ……ティアマットの全ての頭がロブスターに向けられた。 そして、さっきよりも素早い動きで、ティアマットの頭が地上にいるロブスターへと迫ってきた。 襲ってきたティアマットの頭は、ロブスターのいるところ、いるところへと降り注ぐ。 ドスン ドスンドスンドスン ロブスターがそれらをうまく避けると、目標物を失った頭たちは、地上深くに次々と突き刺さった。 大量の泥土がその度に飛んだ。 「グルルル、グルル……」 それでも頭をそこから抜き出し、ティアマットはロブスターにしつこく襲いかかった。 泥で埋もれた顔から光る赤い目は、その度に、鋭くロブスターに向けられる。 …… 「!?」 ロブスターがふと気づいた時には遅かった。 正面からティアマットの太い尾が――それはロブスターを、直撃した。 |
***クォーツの感想はこちらへ***
Copyright (C) LOTS. All rights reserved.