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quartz
*第四話・追憶の猫3*
「すー……すー……」 ロブスターの寝息だった。 とても気持ちの良さそうな顔で寝ている。 「寝てたの、ね」 サリアは呆れた顔をしていたが、そのうち、 「ふあぁあっ……眠たくなってきちゃった。 私も、寝ちゃおうかな」 と言ったかと思うと、 「……」 静かな寝息を立て、サリアも寝てしまった。 寝ている2匹に、そよ風が触れていった。 暖かい日の光が辺りを、そして、2匹にも優しく降り注いでいた。 空は次第に、青色から――オレンジ色へ変わろうとしていた。 「……」 ロブスターは目を覚ました。 傾いた景色に、 「ん?」 そして頭が動かしにくいのにも気づいた。 寝ぼけ眼のロブスターが、ゆっくりと顔を動かすと、 「……ぅん」 眠っているサリアの顔がもろ目に入った。 「っ!?」 さすがにロブスターは驚いた。 慌てて、けれども寝ているサリアを起こさないように、慎重に、頭をそこから脱出させた。 「……」 サリアは眠り続けていた。 ロブスターはそれを見、ほっとした。 ロブスターは目の前の絶景へと目を移した。 だんだんとオレンジ色に染まっていく空…… それに、その空を、慌てた様子で家路へと飛び行く鳥の群。 そこから見えるあらゆるものが夕映えし、輝いて見えた。 「んんん……ふわぁあぁあぁ」 サリアが目を覚ました。 「あれ、もう夕方?」 サリアは目を擦りながら、ロブスターの方を向いた。 「……」 ロブスターもサリアに顔を向けた。 しばらくの間、黙って向き合っていた2匹だったが…… ロブスターが不意に空を見上げた。 それを見、サリアも空を見上げてみた。 「あっ、夕流れっ」 2匹の真上の空を、沈み行く太陽から飛び出すようにたくさんの流れ星が流れ出した。 綺麗な弧を描き、次々と流れる流れ星。 それはまるで、夜の準備に慌てる星達のようだ。 「ロブスターって運がいいのね」 空を見上げながらそう言ったサリアの方を、ロブスターはチラリと見やった。 「夕流れ、いつも見られるものじゃないんだから。 この街に来て、これを見ていく旅猫(クォーツ)は少ないわ。 ……この街に来る旅猫が少ないこともあるけど」 サリアもチラリとロブスターの方を見た。 「俺はついてるのか」 「ついてる。 私に出会ったのも、ロブスターがついてたからかも」 そう言ったサリアに、 「……そうかもな」 とロブスターは小さく答えた。 夜空の光景は、辺りがすっかり暗くなるまで続いた。 夕流れを見終えた2匹は、暗くなった空に照り輝く星、月を眺めていた。 「私、そろそろ家に帰らなきゃ」 サリアはそう言うと、ロブスターを見つめた。 「ロブスターは……どうするの?」 「この街のどこかにいるさ」 ロブスターは立ち上がった。 サリアも立ち上がりながら、 「あっ、そう言えば教会の裏に、ロブスターの好みそうな場所があるわ」 と言った。 「教会の裏……か」 「行ってみて。 じゃあ、私は帰るわね……また明日っ」 そう言うと、サリアはロブスターにニコリと微笑んだ。 そして、ここへ来る時に通った細道へと消えていった。 サリアの姿を見送ると、ロブスターはサリアの言葉通り、教会の裏へと行くことにした。 −教会の裏− やって来たロブスター、 「ここは」 と言ったきり、黙り込んでしまった。 目の前には、墓地が広がっていた。 暗い辺りに、広がる墓地。 その光景は何とも、背筋がピンと張るような光景だった。 ロブスターは耳を垂れ、 「サリア、あいつは何か勘違いしているな……全く」 と小さくため息をつくと、辺りを、何とも言えないような顔をしながら歩きだした。 墓地を過ぎると、辺りは殺風景なところへと変わった。 「……」 辺りを見回すロブスターの目に、何かが止まった。 向こうに大きな巨木。 それに何か物が建っているように見える。 「行ってみるか」 そう呟くと、ロブスターはそこへ向かってゆっくりと歩きだした。 −巨木と石碑の場− そこには、とても大きく立派な巨木が立っていた。 ロブスターが見上げると、まるで話しかけてくるように、巨木はカサカサと音を立てた。 巨木の横には、何か石で出来た四角い物があった。 「大きな、石碑のようだな」 石碑はロブスターより大きく、厚みのあるものだった。 それに近くまで寄ろうとした時、足爪に何かが引っかかった。 「……?」 細いツタが絡んでいた。 ツタは足爪を少し持ち上げただけで、すぐに切れた。 足もとを見やっていたロブスターの目に、ツタ以外の、何か他の物が映った。 「これは……」 そう言ってロブスターは屈むと、足もとの細いツタを切った。 足もとにも、石碑があったのだ。 ロブスターは石碑に積もっていた土を少しはらった。 すると、ロブスターの肩幅ほどの古びた石碑が姿を現した。 随分と年月が経っているせいか、手で触れると、彫られている部分が少し毀(こぼ)れた。 文字が潰れかけているものがある。 しかし深く刻まれているおかげで、多少文字は潰れているが、読むことはできそうだ。 ロブスターは、そっと文字に触れなおした。 その石碑には、こう書かれてあった。 『彼らから数知れず猫達を救い出し、そして怯える猫達へ平穏を与えた。 イージスの命により、裏切りを背負いし者――ホルクス・ハウント』 文章はそれで終わっていた。 ロブスターは読み終え、最後の名に少し驚いた顔をした。 けれども、以前これと同じ文章を目にした事があったので、大きな驚きではなかった。 ただこの文章を、この場所で見るとは思わなかったのだ。 「……」 ロブスターは何とも言えない顔をして、再び石碑に触れた。 石碑から感じる、その言葉を刻んだ者の声を聞くために…… お前は何れも選ぶことができる。 お前は、猫でも吸血鬼でもあるのだ。 私は吸血鬼だった。 猫としては、生きられぬ者だった。 けれど、お前は…… ―――その時、もう一つの言葉を聴いていれば。 そうだったならば、私はあの娘を救えたのかもしれない。 しかし、どうして聴こうとしなかったのだろう。 いや、聴こうとしなかったんじゃない。 その時の私には、聴こえなかったんだ――― その街に一度、“彼ら”は来ている…… 足もとの石碑を見つめていたが、正面に大きく佇んでいる石碑へと目を移した。 どうやらそれは、聖書から引用された文章が刻まれているようだ。 あまりそれには興味が湧かなかったので、ロブスターはそのうち目を隣の巨木へやった。 「……」 サッと巨木に飛び登ると、ロブスターは枝振りの良い枝えだの1つに身を乗せた。 空にはいくつも星が輝いている…… それを眺めていたロブスターだったが、そのうち巨木の幹にもたれ掛かり、ゆっくりと、その目を閉じた。 辺りが深い闇に包まれ、星たちの輝きが増していた頃だった。 「……っ」 眠りについていたロブスターは突然パッと目を覚ました。 短い眠りの中に、嫌な夢を見た。 腹が妙に痛むせいか。 「サリアのスープ、食ったからか……」 嫌な夢は、腹痛が起こしたものだ、とロブスターは思い、大して気にはしなかった。 「……」 しかしその後、ロブスターはすぐに眠りつけなかった。 そしてなぜかその夜はよく眠ることができなかった。 朝になってやっとウトウトとし始めた頃――サリアがやって来、結局、深い眠りに つくことはなかった。 朝早くロブスターの元へやって来たサリア。 「ロブスター、ロブスターってば。 そこにいるんでしょ?」 下から繰り返しその言葉が聞こえる。 「……」 今朝のロブスターは、調子が悪かった。 気持ちもそうだったが、体全体。 "こんな事が今までにあっただろうか"ロブスターはそう、頭の中を思い巡らせ、考 えていた。 「いや、ない」 ぼそりとそう呟き、ロブスターは下を少し見下ろした。 「あっ! やっぱりいた」 そう言ってサリアはニコリと微笑むと、 「早くっ、早く降りてきて!」 とロブスターに向かって叫んだ。 「……何だ」 ロブスターがそう言うと、 「早く来ないと終わっちゃうよ」 とサリアは言う。 「何が?」 そう言うロブスターの声が後ろから聞こえ、 「!?」 サリアはハッとして後ろを振り返った。 でも驚いていたのは束の間。 「早く、行くよ」 そう言うとロブスターの腕を掴み、サリアはどこかへ向かって、そのままロブスターを引っ張り連れて行った。 ロブスターは気分が悪かった。 けれどもサリアの顔を見ているうちに、いつの間にか、そんなことは忘れていた。 辺りはまだ朝とは言っても、明るいよりかは薄暗かった。 鳥たちはやっと目覚め、囀りを始めたような時刻だった。 −教会− キュウウゥ 扉の開く音が、やけに大きく聞こえた気がした。 教会はとても静かだった。 昨日来た時とは、また違った姿をしているような気さえする。 「ロブスター、こっち」 サリアがそう言って腕を引っ張ろうとしたのを、 「進むくらい自分で進める」 とプイッとし、ロブスターは背筋をピンとさせ歩きだした。 「……昨日とはえらい違いだわ」 サリアはクスッと笑うと、ロブスターの後を歩き始めた。 「……」 ロブスターは、奥のとても大きな白い十字架をじっと見つめていた。 そんなロブスターに、 「早く! ロブスターこっちに来てっ」 と室内の中央辺りに立っていたサリアがロブスターを手招きした。 「……」 ロブスターはサリアの側へと近づいた。 「早く早く、ここに立って」 サリアはそう言い、自分の横にロブスターを立たせた。 「上を見上げて。 大きなステンドグラス……もうすぐだからっ」 そうサリアが急かすものだから、ロブスターは渋々顔を上げた。 そこには昨日と同じ、巨木が描かれたステンドグラス。 ただ、違うと言えば色全体が薄暗い青をして――まだ夜を漂わせているということ。 「もうすぐ……ほらっ」 サリアがそう言ったのと同時、 …… ステンドグラス全体に変化が現れた。 色がだんだんと、青から――緑色へ変わり、徐々に黄緑――そして黄色――ぼんやりとオレンジ――徐々に赤色を帯びてきて――最後に優しい色合いのピンクへと変わった。 ロブスターはその光景に、思わず見取れてしまっていた。 ステンドグラスが変化を終えてしまった後も、しばらく、上を向いたままだった。 「ね、良かったでしょ?」 サリアの声にロブスターはハッと我に返ると、サリアの方を向いた。 「私、いつも見に来るの。 ね、ロブスター……明日も見に来ない? いつも色の代わり方は違うんだ、それに、とっても綺麗だしっ。 ロブスターも綺麗でまた見たいって思ったでしょ……どう?」 サリアがそう言ってロブスターを見つめると、 「……ああ、いいとも」 ロブスターはそう言って、少し笑んだ。 「あれ、今笑った? 初めて笑ったっ?」 突然サリアがそう叫び、ロブスターは、 「気のせいだろう」 顔を背けた。 「ね、今笑ったでしょ? もう一回、もう一回笑ってよっ」 サリアはそう言いながらロブスターの正面に回る。 「わ、笑ってない」 ロブスターは動揺を必死に抑え、正面に立つサリアから顔を逸らした。 ロブスターの顔の向きへ回り込むと、 「絶対笑ってたっ、こうやってさぁっ!」 サリアはロブスターの口を横に引っ張った。 「……おえは、わわってふぁい」 そう言ったロブスターの顔に、 「あははっ、くふふふっ……あはははは」 サリアは笑いを抑えられなかった。 そんなサリアを見て、 「……」 ロブスターは照れくさそうに、また少しだけ顔を緩めた。 そんな生活が、それから何日も続いた。 毎朝ロブスターはサリアと教会へ、ステンドグラスを見に行った。 時には、夕方にそうする事もあった。 サリアとはそういった時や、時々、森へキノコや山菜を取りに行く時に一緒にいた。 それ以外は、サリアは神官になるための勉強をしなくてはならなかった。 でも、ロブスターはこっそり教会の屋根によじ登って、 「……」 サリアの様子を見ていた事もあった。 ……でもこれは、秘密。 そんな生活をしながら、ロブスターの時は流れた…… |
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