灰色猫、そして黒猫の戦いの行方は……
2005.03..20ちょっぴり手直し、誤字修正等しました。
したけれど、難しい、黒猫の思考。

quartz

*第三話・赤眼の猫 3*






 黒猫は力無く、屋根の上に舞い降りた。
 そして側にあった白い壁にもたれかかった。
「うぅ」
 苦しそうな呻き声を出し、ゆっくりと、壁に添い倒れる。
 灰色猫はその側に降りたった。
 無表情な顔で、一歩、また一歩と黒猫に迫る。
 動けずにいる黒猫……黒猫は壁に追い詰められてしまった。

 灰色猫は黒猫のすぐ側まで近づいた。
 見下ろすように、呻(うめ)く目の前の猫を見ていた――が、顔を黒猫のすぐ横に寄せると、その耳元で小さく言った。
「出来損ないの吸血鬼(ヴァンパイア)。
お前はもうお終いだ、トドメを刺してやろう。
太陽の光を浴びる頃には、猫どもが悲鳴を上げ、通りに吊されたお前を見るだろうに」
 灰色猫はそう言って微笑すると、黒猫から顔を離そうとした――が、突如黒猫に耳をグイッと掴まれ膝を折った。
 黒猫は灰色猫の耳に口を近づける。
 黒猫はその耳元で囁いた。
「月の時間はもうじき終わる。
通りに硬くなったお前を置けば、さぞかし猫たちは安心するだろう」
「なに!?」
 灰色猫は慌てた様子で黒猫の手を振りほどき立ち上がった。


 辺りはまだ闇に包まれていた。
 が、月はもう傾き、辺りに飛んでいたコウモリ達は慌てた様子で家路へと飛んでいる。
 月とは反対側に、何か明るい光の余波が見えた……。


「遊びすぎたようだな、デクス・ロア。
私を殺すなら殺せ。
だが、私は、お前をこの場に離さず死の道連れにしてやる」
 黒猫はそう言い、灰色猫へニヤリと微笑して見せた。
「……我が身をこれほどまでに悔いいた事はない。
闇が続いていたら、お前は確実に死んでいた。
いつか必ずお前を消し去る、腹立たしい黒猫め」
 灰色猫はもの凄い形相で黒猫を睨みつけた。

 チチチチチ

 早起きした小鳥が、辺りをフラフラと舞いだした。
「まだ、私と続けるか?
無論、戦い続けるというなら、私はお前を一生動けなくしてやるつもりだがな」
 黒猫は意地悪く笑った。
 灰色猫は悔しそうな顔つきで黒猫を睨みつけた。

 チチチチチ

 灰色猫の顔の側を、小鳥が横切ろうとした。
 チチ……と囀りが止む。
 小鳥は灰色猫の手中で、握り潰されていた。
 黒猫は黙したまま、灰色猫を見上げる。
 灰色猫は潰した小鳥を投げつけ、
「今度そうなるのはお前だ」
 と言い残し、一度は黒猫、一度は明るみ始めた東の空を睨み――暗闇へと姿を消した。

 黒猫は潰された小鳥を、見つめた。





 しばらくしてすぐ、辺りを太陽の光が照らし始めた。
 月、それに星の光は、その神々しい光に押され、存在は目立たなくなっていく……。





 ルークはずっと正面に向けていた顔を――隣のローブの猫へ向けた。
「終わったみたいだ」
 ルークがそう言うとリスベルは、
「リックのところへ、行ってみましょうか」
 と言った。
 二匹は互いの顔を見て頷くと、リックの側へと駆け寄った。


「リック!」
 見覚えのある二匹の子猫がやって来るのを見て、リックはかなり驚いた様子だった。
「何で、何でこんなところにあんた達が」
 そう言いながら、リックはルークとリスベルを交互に何度も見た。
 目をぱちくりさせ、口をぱくぱくさせ、本当にびっくりしているようだ。
「……ルーク、リック」
 リスベルが何か言いたげに、向こうの方を指さした。

 黒猫が壁に身体を添わせながら、立ち上がっているのが見えた。
 立ち上がると、黒猫はゆっくりと、どこかへ向かって歩き始める。

 リックはそれを見るなり、黒猫に向かって走りだした。
 ルークとリスベルも、その後を追いかけた。

「あんた、どこ行くんだ!」
 リックはそう言って、黒猫の前に立ちはだかった。
 黒猫はやや前屈みだった身体を起こした。
 ピンと背筋が伸ばされた黒猫の身体は、驚くほどに大きかった。
 ……ルークとリスベル、それにリックも、その姿に圧倒されて無言になる。
 リックは呼び止めなかったらよかったかも……と言った具合に、耳を頭にくっつけた。
 黒猫は立ちはだかるリックを一度ちらりと見やったが、何も言わず、通り過ぎようとした。

 覚束ない足取りで、黒猫は、足もとを軋ませながらその場を去ろうとしている。
 リックは頭にくっつけていた耳をピンと立て、振り返り言った。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
 けれど黒猫はその声に足を止めることもなく、歩き続ける。
「ま、待てってば!」
 リックは呼び止めようと、再び黒猫の前に立ち塞がった。


 太陽は次第に、その全ての姿を露わにしようとしていた。
 ルークの足もとにも、その光は及んできた……。


 ルークは様子を黙って見ていた。
 けれど昇り始めた日の光の最中、ふと黒猫の足元、そして自分の足もとに何か見た気がした。
 顔を足もとへ向ける――そして驚きのあまり声を上げた。
「あぁっ!?」
 その驚きように、リスベルもそこに目をやり、同じく驚く。
「く、黒猫さん……」

 足もとに、赤黒い水たまりができていた。
 ――この場所は、さっきまで黒猫が立っていた場所。
 赤黒い水たまりは、点々と黒猫の後を追うように滴っている。
 だんだんと明るさを広げる光は、眠った街を起こすだけでなく、黒猫が残した、夜の形跡までも照らし出す……。

 ルークは辺りを見回した。
 辺りは、日の光により浮き上がった、黒猫の滴り落とした血痕でいっぱいだった。
 それに気づいたルーク達へ、黒猫は平然を装ったように言う。
「私に構うな……お前達には関係のないこと」
「関係ないだって!?
冗談じゃない、俺はヤツをあんたのせいで取り逃がしたんだぞ」
 リックがそう言い喚(わめ)いている横へ、ルークとリスベルも駆け寄る。
「医者に診せないと」
 ルークは黒猫の腕を持とうとした。
 けれど黒猫はそれをそっと振りほどき、
「こんなもの、放っておけば治る」
 と言った、言ったかと思うと――側の柵にもたれ掛かり、添うように倒れた。

 ルーク、リスベル、リックの三匹は互いに顔を見合わせた。
 見合わせると、揃って頷く。
 三匹は、黒猫のそれぞれ左右の腕や腹辺りに分かれて、引っ張り起こした。
「な、なんのつもりだ……」
 黒猫は驚いた様子でルーク達を見た。
「医者に連れてくんだよ」
 リックがそう言い、リスベルも、
「怪我をしています、早く手当てしないと死んでしまいますよ」
 と言った。
 それを聞いた黒猫は、目を細めたかと思うと、突如、
「私が死ぬだと? ははははは」
 と笑い始めた。
 リスベルは衝撃的と言わんばかりの顔でルークに視線を送った。
「……ルーク、これは重傷です」

「ゆっくりだよ、ゆっくり。
あ、リック、服がそこに引っ掛かってる、気をつけて」
「お、おう……ルーク」
「私ちょっとこの体勢、限界かもです」
「あぁリスベル、もう少しリックの方に寄ってみて」

 三匹が自分を連れて行こうとする姿を見、黒猫は言った。
「困った子猫どもだ。
連れて行ってくれると言うのなら、私を、"海の近くにある青い屋根の家"まで連れて行ってくれ……」
 見回すとすぐ、そこだと思われし場所がわかった。
「素直に最初からそう言えばいいのによ」
 微かにそう呟いたリックの言葉は、黒猫に聞こえていたようだ。
 黒猫はリックを鋭い右目で睨め付ける。
 その様子に、ルークは黒猫がまだ気が確かなのだろうという事を感じホッとした。
 リックはというと、不機嫌極まりない顔を黒猫ではなく、ルークに向けた。
 まあまあ落ち着いて、と言った顔でルークはリック宥(なだ)める。
 そうして、
「行こう」
 と先を促した。





 三匹は、黒猫を手伝いながら、海の近くに佇む、青い屋根の家の側までやってきた。
「あそこ?」
 確認にルークがそう聞くと、
「ああ……そうだ」
 と黒猫は答えた。
「大丈夫ですか?」
 リスベルがそう聞くのを、黒猫は無言で頷く。
 大丈夫とはいえ、黒猫に疲労と苦痛があるのは傍からもはっきり見て取れた。
 早く運んであげたいと思いつつ、ゆっくりと、黒猫の身体に障らないように、三匹は残りの距離を進んだ。

 海の水が光に反射して、少し青ずんだように見える白い壁。
 その家の入り口の扉には、キラキラと光を浴びて輝く石が埋め込まれていた。
 四匹は青い屋根の家に辿り着いた。
 ルークは少し緊張しながら、コンコンコンと三回、ドアを叩いた。

 部屋の明かりがついた。
 そして窓のカーテンに影が映り、その影が扉に近づくと、
「誰?」
 と声がし――扉は開いた。
 中から現れたのは、綺麗な毛並み顔立ちをした雌の白猫だった。
「私だ」
 黒猫がそう言うと、ルーク達を不思議そうに見ていた白猫の目が、声のした方へ向く。
「ロブスターっ!?」
 白猫は目をまん丸くして小さく叫んだ。
 そうして黒猫の様子を察すると、慌てて、
「あ、入ってロブスター……それにあなた達も」
 白猫は四匹を招き入れた。






−白猫の家−

「ロブスター、怪我をしているの?
また無理をして……可愛い猫さん達、ここまで連れてきてくれてありがとう。
彼をベッドまで運ぶのも、少し手伝ってもらえるかしら?」
 白猫がそう言うと、
「あっ、いいですよ」
 とリックが調子よく答えた。
 ルークとリスベルも頷いた。

 ルーク達は黒猫を、奥の部屋のベッドに寝かせた。
 寝かせると、白猫はルーク達を――薄い緑、青と白の混ざり合った色をした、変わったテーブルのある部屋に連れた。
「座って、今飲み物を入れるから。
スウィートティーでいいかしら?」
 白猫が振り返って聞いてくる。
 ルーク達は返事をした。

 しばらくして、トレイにカップとポットを載せて、白猫がキッチンの方から出てきた。
 カップに甘い香りのするスウィートティーを注ぎ入れ、一匹一匹の前に置いていく。
「どうぞ」
 白猫はそう言うと、自分も席についた。
 微笑みを浮かべる白猫に、ルークは伺(うかが)うように言った。
「大丈夫なんですか、医者に診せなくて」
「かなりひどい怪我をしていました」
 リスベルもそう言ったが、白猫は、
「ロブスターは大丈夫よ」
 と笑って答えた。
 医者へ診せに行かないことに、少しの心配もないようだ。

「あの黒猫は"ロブスター"って名前なんですね」
 ルークがそう言うと、白猫はルークの方を向いて言う。
「ええ……それに私は、"フィン"っていうのフィン・ウェンズディ」
 白い毛並みに映える紫色の瞳が、優しげに細められた。
 そんな白猫にうっとりした顔つきのリックが言った。
「フィンさんかぁ……あ、俺は腕のいい弓使い、リック・ゴードンです!」
「弓使いのリックね」
 フィンがそう言って微笑むと、リックは頬が緩み、にやけ顔になった。
「俺はルーク・チャンス……ルークです」
「私はリスベルと申します」
 二匹もフィンに挨拶をした。
 その最中(さなか)、
「あははぁ」
 頬を抑えて、一匹何やら妄想の世界に入り込む、リックの声が挟まれた。
 締まりのないリックの顔を、二匹は目を細めて見た。

「それにしても、本当にロブスターさんは大丈夫なのでしょうか?」
 リスベルがそう言うと、フィンは"パンプキンクッキー"を戸棚から取り出しながら答えた。
「心配してくれているのね、ありがとう。
後でもう一度、私見てくるわ」
 そう言って椅子に座り直したフィンは、ふと三匹の方を見やった。
 少し首を傾ぐと、
「ロブスターの事、あなた達はあまり知らないのね」
 と何か意味ありげなことをフィンは口から零(こぼ)した。
「……どういう事ですか?」
 ルークがそう言うと、フィンはスウィートティーを啜(すす)り、話し出す。
「彼は、吸血鬼(ヴァンパイア)の血を引いているの。
だから普通の猫よりも体は丈夫。
と言っても、いつも無理ばかりして……ほんとのところはどうなのかしら。
でも、寝かせておけば大丈夫。
彼に今一番必要なものは"睡眠時間"よ」
「そうなんですか」
 ルークは軽く頷いた。

 パンプキンクッキーをムシャムシャと食べていたリックが、スウィートティーを一口飲むと、
「フィンさんも、吸血鬼の血を引いていたりするんですか?」
 と問うた。
 戯(おど)けた顔をしていたリックだったが、その目は妙に鋭く白猫を見つめていた。
 白猫は少し驚いたようにリックを見つめ返すと、
「そう見えるかしら?」
 と口元に微笑を浮かべ、魅惑的な顔をした。
「えっい、いや……何だか、不思議な感じが漂っている気がして。
すごく猫離れしている美しさ、とか、ですねぇ」
 リックはフィンに見つめられ、言葉が縺(もつ)れていた。
「ふふ、吸血鬼ではないわね。
でも、ただの猫ってわけでもないわ」
 フィンはニコリと微笑んだ。
「えっ!?」
 三匹は何気なく語られた言葉に、知らず声を出していた。
 フィンは椅子から立ち上がる。
「彼をちょっと見てくるわ、こうしている間にも逃げ出すこともあるし。
怪我が治るまで、おとなしくさせてないとね」
 そう言うと、白猫は部屋を出ていってしまった。

「フィンさんって、何者なんだろうか……ううーん」
 リックは目を瞑って腕を組み、ぶつぶつと独り言を言い出した。
 そんなリックに、ルークは声を掛ける。
「ねぇ……リック」
「うーん」
 リックは目を瞑ったまんまだ。
 リスベルがリックの体を揺する。
「リックぅう!」
「わわわわわ……や、やめろやめろ、何だ、何だってんだ!?」
 限度を知らないリスベルに、あまりに激しく揺すぶられ――しまいには、リックはドスンと椅子から落ちた。
 リックは頬を膨らまし、床から起きあがる。
 そうして、痛々しそうに腰のあたりを撫でつけ、モゴモゴした口調で言った。
「ったく、何だってんだリスベル……それにルークよ」
「聞こえてたんだ」
 ルークがそう囁くと、リックはしまった! と言うような顔をする。
 溜め息を一つついたリックは、倒れた椅子を起こすと、座り直しながら、
「あぁあぁ、何だよ、俺に何か聞きたいんだろ?
よし、何だ、言ってやる、何でも聞けよ」
 と何か開き直った様子で言った。

「一体、あの灰色猫とどういう関係なんだ?」
「単刀直入な質問だな、ルーク。
その様子じゃ、やっぱり……見てたのか」
 リックは何だか、さっきまでとは違う顔をした。
 どこか悲しそうな、それでいて可笑しそうな表情で自分の手元を見ている。
「悪気はなかったんだけど」
 ルークは言葉を探しながら答える。
 一方リスベルは、
「よろしければ詳しく全て教えてください、そして――」
「ちょ、ちょっとリスベル」
 次々と無鉄砲に質問を言いそうなリスベルの口を、ルークは慌てて塞いだ。

「いや、話すよ」
 そう言ったリックの様子に、ルークもリスベルもキョトンとする。
「それの方が、きっとすっきりするし」
 リックは食べようとしたクッキーを置いた。
 そして、なぜか微笑みながら話し始めた。


「まず灰色猫の事から言うか……あいつは、吸血鬼だ。
わかるだろ? あの動きや眼差し、あれは猫じゃねぇ」
 リックは姿勢をちょっと正す。
「あ、俺はな、"グリント・スコーン"って街の生まれなんだ。
青々とした葉の生い茂る、大きな深い森に囲まれた小さな街。
俺は小さい頃からよく、森へ行って狩りをしてた……弓持ってな」
 リックは顔を足もとへ向けた。
「……ルーク、聞いた事あるか? グリント・スコーンってな街」
 そう尋ね、リックはルークの顔を見る。
「ごめん、少しでも知っていればいいんだけど」
「いや、何も気にするなルーク。
知らなくてもおかしくない。
その街はな……もう、ないんだ……消え去っちまって」
 リックは顔を沈めた。

 ルークは、足もとの方に視線を落とす、リックの顔を覗(のぞ)き見た。
 その顔は、あの時――リックが灰色猫へ向けて矢を構えていた時と同じだった。
 口元に覗いた歯は食いしばられ、好意的に見えていたはずの空色の目は、悲しみと怒りが混ざり合った、何とも形容し難いものになっていた。
 再び垣間見た、リックのもう一つの顔――ルークは少し、身震いを感じた。

「グリント・スコーンの街がまだあった時も、そう知ってたやつなんていないだろう。
すっごく小さな街だったし……訪れるやつなんて、滅多に、いなかったからな。
でも、俺にとってはすごく思い出いっぱいの街だったんだ。
……本当に、ほんとに。
あ、すまねぇな……俺、つい、陶酔しちまった」
 リックの話声や話し方とは裏腹に、足もとに向けられたままの顔は、何一つ顔色を変えてはいなかった。
 ルーク、それにリスベルも、そんなリックの様子に、何とも言えない気持ちになっていた。

「俺な、あの灰色猫を許せねぇんだ。
街、それに、そこにいた猫たちをみんな殺しちまったやつに。
俺だけしか生き残ってなかったんだ。
気づいた時には、俺と一緒に逃げていた"ジッポ"、あいつも……」
 言葉を濁したリックは、そっと、右腕に巻いていたものを捲(まく)り上げる。
 そして毛並みを掻き分け、そこにあるものを、二匹に見えるよう腕を持ち上げた。
「竜石の模様」
 リスベルが呟いた。
 リックの右腕には、リスベルの右手同様傷のような裂け目があり――緑色の石の煌(きら)めきと、その中で蠢(うごめ)く竜の姿があった。
 ルークは目を瞬(またた)いた。
「リックは……」
 何か言いたげにルークが見ると、リックは頷く。
「ああ、俺は竜石使いだ……そうか、知ってんのか、竜石。
ジッポからもらったんだ。
知らないうちに、変な力、使えるようになってたよ。
……これはな、ジッポと俺の、友情の証なんだ。
ジッポが、俺に託してくれた、その証」
 リックは右腕をしまうと、握っていた手に、さらにギュッと力を込めて言った。
「俺は、この力であの吸血鬼を倒してやるんだ」
 その言葉のすぐ後だった。
 部屋の入り口から、低い声が聞こえてきた。
「今のお前は、すぐにヤツの夕食になるだろう。
私に矢を掴まれるほどだ、その程度では、ヤツには勝てない。
無謀な事を考えるな……それに、考えるだけ無駄だ」

 部屋の入り口に黒猫が立っていた。
 後ろから慌てた様子のフィンが現れ、
「ロブスター、大丈夫なの?」
 と心配そうな顔をする。
「もう怪我はほとんど治っている」
 ロブスターがそう言うとフィンは、
「でも無理は禁物、もう少し休みなさい!」
 と黒猫を部屋へ戻そうとした。
 それをやんわりと制し、
「ああわかった、行くさ。
だがその前にこの子猫に、"馬鹿な事を繰り返すな"と言っておくのが先だ。
このまま恩も忘れて、またヤツに会いに行くだろうからな」
 ロブスターはリックを見やった。

「俺は、何が何でもあいつを倒しに行く。
俺はあいつに、あの吸血鬼のせいで生まれた街、それに家族も従兄弟も仲間も、全部失っちまった。
……あんたなんかにわかるわけないだろ。
あいつに、あの吸血鬼にそんな事された俺の気持ちなんてさ!」
 リックは目を血走らせ、ロブスターを睨みつけた。
 睨みつけられた黒猫は、リックから目を逸らした。
 リックも、黒猫から目を離す。
「……わかるさ、私にも、同じ事があった」
 ロブスターのその一言に、リックの顔色が変わる。
 自分に再び向けられたロブスターの視線に、リックは振り向く。
「じゃあ、何であんたはヤツを倒そうと思わないんだ?」
 リックはロブスターを、さっきとは違った目つきで見つめた。
 黒猫は戸口にもたれ掛かると、落ちついた声で話し出す。
「あの灰色の猫……吸血鬼は、"デクス・ロア"という。
私がお前を、なぜ助けてやったのだと思う?
……私は数え切れないほどに、そのような思いを持った猫たちが、ヤツへ向かって行くのを見てきた。
誰もデクス・ロアの思惑も知らず……ヤツが、それを面白がっていることも知らずに」
 リックは黙って下を向いた。
 ロブスターは続ける。
「憎しみを持つと、誰もが、まず復習を試みるようだ。
今はどうしようもないと考えよりも、先にな。
……お前は、あの吸血鬼の事を知り尽くしたか?
ヤツの拳がどれ程までの破壊力を持っているのか考えたことがあるだろうか?
それにヤツの俊敏な動き、ヤツの行動……どうしてヤツはそんなことをしたのか、と。
……私はそれを知った。
知っての上で、今はあの吸血鬼に叶わないことを、悟った」
 黒猫は、下を向いたままのリックに視線を流す。
「私は倒す事を諦めたのではない。
倒すならば、その機会を待っているのだ。
ヤツの行動を、いつ止められるかと、その機会を待っているのだ」
 そこでロブスターは口を閉ざした。
 リックは顔を上げ、黒猫を見る。
「私はもう一眠りする」
 ロブスターはそう言うと、戸口に持たれていた身体を持ち上げると、部屋を出ていった。


 フィンはロブスターが奥の部屋へと入るのを確認すると、ルーク達のいる部屋に戻ってきた。
 戻ってきたフィンに、リスベルは問う。
「フィンさん、ロブスターさん、何かあったのですか、昔」
「えっ?」
 そう言って、フィンはリスベルの方へ向く。
 ……その時になって、フィンはリスベルだけでなく、ルークやリックも、何か聞きたそうに自分を見つめているのに気づいた。
「そうね」
 フィンは少し、何とも言えない微笑をして椅子に座った。
 座ると、ルーク達の顔をそれぞれ見て、言った。
「私に会う前に、何か、あったみたい。
それにデクス・ロアという吸血鬼が、大きく関わっているのは確かだと思うわ。
……ごめんね、あまりロブスターはそういう事話したがらないから、私も、よくわからないの」
 スウィートティーをすすりながら、ルークはこっそり、リックの方を見た。
 リックは、さっきまでロブスターが立っていた部屋の入り口を見つめていた。






−奥の部屋−

 ロブスターは窓の外を眺めていた。
 ベッド脇の、小さなテーブル上の青いグラスを手に取り、中身を全て飲み干す――そうして空になったグラスを、コトンとテーブルに戻した。
 ロブスターはベッドに寝転がった。
 眺めていた窓を背に、黒猫は――その目を閉じた。






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・・・第三話についてのひっそりコメント★

(この話の登場猫物紹介も兼ねてます)


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