20070207
お久しぶりです!! 卒制明け、年明け初のクォーツ更新。
前回との更新の間に「6万字」くらいの中編作を書きました。
……ちょっと作風に変化があるかもです><
quartz
*第十話・リスベルの秘密3*
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内心ルークは、ロブスターの問いかけ対して、迷うことなく答えていた自分に驚いていた。 ――旅は、俺の猫生。無意識ながら、自分の中に芽生えていた己の旅の意味。そんな風に思っていたのだと、自分のことを再発見した気持ちがした。 黒猫は、手にしていた歴史の本を開いて、読書の続きをはじめている。 パチパチパチ。焚き火は5匹を温かく見守り続けていた。 ルークはいつの間にか、座ったまま眠りこけてしまう。 「……」 ロブスターは本に走らせていた目を、静かに外した。座ったまま眠っているルークに気が付くと、折りたたみ椅子から立ち上がる。そしてルークに近づくと、両手でそっと敷物の上に横たわらせた。 ブランケットをしっかりとかけてやると、ロブスターは、また焚き火の側へともどった。 夜はどんどん更けていく。 遠くでは、獣の遠吠えが聞こえる。 後は、焚き火のパチパチという音と、本がめくられる音だけが聞こえていた。 夜明け前に一度、ロブスターは勢いが弱くなった焚き火を見て、木片やらを拾いに行った。それ以外は特に何もせず、変わらず読書をしながら火の番を続けていた。 早朝、ポルトルが一番に目を開けた。 けれど眠いのか、虚(うつ)ろな目をして、すぐに起き出そうとはしない。 ググゥグウという妙な音がどこからか聞こえた。お腹をなでつけながら、大きなあくびをしてリックが目を覚ます。 続いて目を開けたまま眠っていたリスベルも起きだし、そろそろと立ち上がると、辺りを見回した。 辺りには薄い靄(もや)が出ていた。キャンプをしている場所とその周辺は見渡せるけれど、それより遠くの方は靄で見えない。 空の様子はよくわからなかった。少し雲が多い気がする。 「朝は、肌寒いですね」 リスベルは身体をブルっと震わせると、ブランケットを羽織った。暖を取るために、焚き火の近くへと近づいていく。 リックとポルトルは、すでに身を寄せ合い、火の側に腰を下ろしていた。黒猫は昨夜と同じ体勢で、火の番をしている。 「ロブスターさん、夜中ずっと火の番をされていたのですか?」 ポルトルが尋ねると、 「……まぁな」 とだけ黒猫は答える。リスベルは不安そうな顔をする。 「一睡もしていないのでは」 「大丈夫だ」 素っ気なくそう言うと、黒猫は木をくべた。 四匹は起床していたが、まだひとり、起きていない猫がいた――ルークだ。 リックは悪戯っぽい顔をして言った。 「ルークのやつ、起こしてやろうか」 「朝食ができてからでも構わないだろう」 黒猫の言葉に、リスベルとポルトルも「そうですね」と頷く。リックは少し残念そうな顔をした。 ググググゥウゥウ。低い、うなるような妙音が、どこからともなく聞こえた。 ローブから白い両耳を出し、リスベルが不思議そうな顔つきであたりを見回す。 「何の音でしょう?」 「……リック・ゴードンの腹の音だ」 ポルトルはそう言って、お腹を照れでれと撫でつけるリックを指さした。リックは「でへへ」と笑う。 「朝食を作るか」 黒猫は告げるようにそう言うと、折りたたみ椅子から立ち上がった。「そうですね、そうしましょう」というリスベルの掛け声とともに、リックとポルトルたちも、習って腰を上げた。 ジューと何かが焼ける音。賑(にぎ)やかな話し声が聞こえる。 「もう、リックったら。こぼしてばかりですよ」 「こぼれりゃ食えばいいだろ」 ――香ばしいナッツとハムのにおいがする。ルークはゆっくりと、目を開けた。 「あっ、わかったぞ。リック・ゴードン、さてはこぼしたのを口実に、食糧をむさぼり食う気なのだな。意地汚い」 「なんてことを言う。ただ俺は、この片手鍋の使い方がうまくねぇだけだぜ!」 起きあがると、むすっとしたリックとポルトルと睨み合っているのが目に入った。ルークは寝癖をなでつけながら、朝食を作っているところへと歩いていく。 近づくと、リスベルがこちらに気が付いて微笑んだ。 「ルーク、起きたのですね。おはようございます」 「おはよう」 そう答えると、ルークは喧嘩をしている、リックとポルトルのふたりを振り返った。 「もう、俺がやる!」 「今日は俺の当番なんだぜ。俺がやらなきゃなんねーんだ!」 リックから、ポルトルが片手鍋を奪い取ろうとしていた。ふたりの間を、片手鍋が行ったり来たりしている。鍋の中のハムが、半分外に飛び出していて、今にも落ちそうでいる。 「さっきからずっと、こんな風なのです」 困り果てた様子のリスベルを見て、ルークはふうと息を吐くと、ふたりの間に割って入った。 「ほらほら、そんなことしていちゃ、いつまで経っても朝食ができないよ」 こちらに気がついたふたりは「あっ、ルークさん」「ルークやっと起きたか」と口々に言うと、また睨み合いをはじめようとする。ルークはあわてて言った。 「ここは俺がするから、ポルトルは、食器を用意して」 「……ルークさんの言葉ですから、しょうがありませんね」 ポルトルはリックを一睨みすると、踵(きびす)を返して、食器の準備に切り替える。 「じゃあ俺は、味見がかりだな」 そう言って去ろうとしたリックの腕を掴むと、 「リックには……」 少し離れたところでパンを切る黒猫を見つけて言った。 「ロブスターからパンをもらって、ナッツとハムをはさんで。……美味しそうにはさまなきゃ、リックのセンスが問われるよ」 背中を叩き、ルークはニコリを微笑む。 「しょうがないなあ」 リックは渋々といった様子で、黒猫のところへと向かった。 「……さあて。俺も朝食作りをはじめよう」 ふたりがそれぞれ仕事をはじめたのを見届けると、ルークは腕まくりをして気合いを入れた。 まず、火の通っていないハムを焼こうと、片手鍋を火に近づけた。ジュジュウとハムが焼けていく。いい薫りと音がする。 ハムを焼き終え、お皿に移している時だった。 ふと視線に気がついて、振り返るとリスベルが真面目な顔つきで立っていた。緑色の目が、瞬(まばた)きもせずにこちらを見つめている。 「私はルークのように機転が利かないし、他の猫を動かす能力もありません。……旅をしている間、ずっとルークに頼りっぱなしです」 ささやくように呟かれた言葉に、ルークは耳の後ろを掻いて、笑った。 「俺はリスベルの言うような、できた猫じゃないよ。ここまで旅をしてこられたのは、みんなの力があってこそだ。それに、リスベル自身も頑張っていたよ」 「いいえ。私はみなさんに助けを求めていただけで、私自身は何もみなさんに貢献してはいません。でも使命を果たすために、竜石使いの力は必要なのです」 ローブの袖からのぞく握り拳が、震えている。 ルークは少し驚いたが、新しいハムを鍋に入れ、口元に微笑みをつくった。 「リスベルはこの世界を救うために、異世界からやってきたんでしょ? 俺たちは、自分たちのためにも、旅を続けているんだ」 すがるような目でこちらを見てきたかと思うと、リスベルはうつむいてしまった。何かを伝えたいのだろうが、それが何なのか、ルークにはよくわからない。 「……どうかしたのリスベル?」 「どうも、していません」 そう答えながらも、緑色の目は泳いでいる。 「もし何か俺のことで気にしているのだったら、心配ないよ」 ルークは再び片手鍋に視線を移した。リスベルは何か言いたそうにしていたが、それ以上聞いてこなかった。 焦げ目がつきだしたハムを見つめながら、ルークは先ほどのやりとりを不思議に思った。――リスベルは何で急に、あんな事を言いだしたのかな。俺、変な寝言でも言っていたのかなあ。今はリスベルに心配はかけないようにしなきゃ――そう考えることにして、それ以上考えるのはよすことにした。 「食器を持ってきましたよ、ルークさん」 ポルトルの声が聞こえて、朝食の準備に頭を切り換えた。 「今日の朝食は、厚切りパンにハムとナッツをはさんだサンドだよ。みんな、手元にちゃんと自分の食事はある?」 ルークが問いかけると、リックがお皿をフォークで叩いた。 「ありますあります。早く食おうぜ」 「では、みんな揃ったところで、食べましょう。いただきます!」 ポルトルがそう言い、朝食が始まった。 パンからはみ出たハムを食いちぎりながら、ルークはその場に座った。なかなか食べ応えのある朝食だったので、パンサンド二つほどで満腹になった。 どの猫たちも、お腹をすかせていたのだろう。朝食はすぐに終わった。リックはふたり分平らげた後、リスベルの残したものも、ペロリとお腹におさめていた。 早々に食事を終え、使った食器を、乾いた布できれいに拭いていた時だった。 「ルークさん、食事を終えたらすぐに出発しましょう」 後ろからポルトルに声を掛けられた。 「ドライフィールドは日が昇るに連れて気温は上昇します。早く出立して、少しは楽な旅をする事をお勧めしますよ」 「……ポルトルの言うとおりだ」 そう言ったのは、知らぬ間に居合わせていた黒猫だ。黒猫は振り返ると、敷物の上で寝転がり、膨れたお腹をさすっているリックの方を見た。 「ノンビリ準備して、のらりくらりと行こうぜ。俺はしばらく動けそうにない」 「何をしているんですか、リック。早く食器をしまってくださいっ。準備ができたら、魔法をかけますから」 駆け寄ってきたリスベルが、しゃがみこんで、リックのお尻を手でたたく。 「あぁあぁ、可愛そうな俺様」 使ったものを仕舞い込み、旅立てる準備ができるとすぐ、リスベルはリックに昨日と同じように魔法をかけた。 『さぁさ、出発するぜ。早く乗りな』 魔法で竜姿になったリックは一呼吸おくと、4匹を背中に乗せ、離陸した。 「早朝は曇っていたのに。いつの間にか良いお天気」 空を見上げているリスベルに、ポルトルは眩(まぶ)しそうな目をして答えた。 「雲一つありませんよ。今日は日差しが強そうです」 空の旅は、至って順調だった。昨日のように、後ろからワイバーンが追いかけてくることもなかった。 こうした旅が数日続いた。 何日目の夜だっただろう。 食事を終え、ルークは習慣のようになったロブスターとの会話を楽しんでいた。 リックは昼間、竜になって飛び疲れているせいもあり、早々に熟睡している。リスベルとポルトルのふたりも、つい先ほどまで話をしていたようだったのに、いつの間にか寝息を立てている。 「やっと夕食を消化し始めたみたい。今日は久々のご馳走で、お腹が少し重いよ」 ルークは微笑しながらお腹をなでつけた。ロブスターは棒きれで、火をつついている。 「毎日質素な食事では、旅路もつまらんだろう。たまには景気づけに干し肉を食わねば、リック・ゴードンなど駄々をこねそうだ。……ルークも、今日の食事で気力もついただろう」 「そうかもね。でも、俺は旅が好きだから、ちょっとした苦労なんて気にならないよ」 ルークはゆらめく焚き火を見つめていた。 「……何か、考え込んでいるのか」 静かな声音で、ロブスターが言った。ルークはその問いかけに驚いて、顔を上げる。 「顔にそう書いてある。私の見間違いかもしれんがな」 黒い毛並みと紫色のマントは、暗闇に紛(まぎ)れていた。ただ青い右目が1つ、うかがうようにこちらを見ていたが――不意に逸らされた。 「誰だって悩みの1つくらいは持ち合わせている。他の者から見れば大したことでなくとも、その者にとっては深刻な悩みであることもある。……ルークの悩みの詳細までは、私にはわからんがな」 「そうかな。ロブスターには何でもお見通しに見えちゃうけれど」 ルークがそう言うと、黒猫は苦笑した。 「困った容姿を持ってしまったものだ」 「……ねぇ、ロブスター。相談しても、いいかな」 ルークが声を小さくしてそう切り出すと、黒猫はカップにトマトジュースの素をいれながら言った。 「私が役に立てるかは、わかりかねるが」 「いいよ、聞いてくれるだけでも」 カップにぬるま湯を注いでいる黒猫の様子を見ながら、ルークは話し出す。 「俺、ずっと気になっていたことがあるんだ。それが悩みってやつなのかもしれない」 黒猫は話に耳を傾(かたむ)けながら、口にカップも傾ける。 「俺、最近になってますます思うんだ。 みんなは何ともないように振る舞ってくれているけれど、足手まといになっているんじゃないかって。 このまま旅の仲間に加わっていていいのかな。……みんなと一緒にいて不安なんだ」 黒猫は、瞑想でもしているかのように目を閉じていた。 ――変なこと話ちゃったかな。ルークがそう思って、口を開こうとした時だった。 「いるから、良いんじゃないのか」 いつもより軽い口調で、黒猫は言った。 ルークが驚いた様子でいるのを見て、黒猫は言葉の意味を説明しはじめる。 「言葉の意味はそのままだ。 ルーク・チャンスという猫がここにいる事実は、誰にも否定はできない。実際、お前はここにいるんだから。 お前は頻(しき)りに理由や必要性を求めているようだが、それは私たちと一緒にいることで、いずれ見つかることなんじゃないのか? ……たとえ見つからなかったとしても、お前が私たちから去る時に、見つかるだろう」 ここで黒猫は、声音を少し変えた。 「ルーク。私もどうして吸血鬼の血を引いているのか、どうしてこのような生を受けているのかと思うことがある」 「それは……きっと……きっとロブスターが選ばれた猫だからだよ。猫と吸血鬼の間に生きる特別な猫。2つの種族の関係を、良い方向に向かわせることのできる猫になるかもしれないよ。 ……俺は、そう思うかな。俺がロブスターだったら、ね」 ルークがそう答えると、黒猫は頷いた。 「ルーク、私が言いたいのはお前の今の対応、それと同じことだ。 言っただろう? 他の者からみれば自分の悩みなど、大した悩みには思えないとな。 ……悩みなど、作ればいくつでも作れる。なくなることはない。 何かを気にすることも、必要なことだ。ただ、考えすぎるのはよくない。……リック・ゴードンを見てみろ。私はあいつの脳天気さには尊敬の念をおぼえる」 黒猫は青い右目を、後方にやった。何を夢見ているのか、幸せそうな顔をしてリックが眠っている。ルークは思わず笑った。 「……私は、ルークを必要ないと感じたことはない」 カップの中のトマトジュースを飲みながら、黒猫がつぶやくように言った。ルークは少し驚いたような表情をしていたが、 「何だか、気が楽になった」 と言葉を返した。 「役に立てて良かった」 「ロブスター、今日は俺が火の番をしてるよ」 ルークがそう言うと、黒猫は首を振った。 「構わない。昼間、嫌と言うほど寝ていたからな……夜は冴えている」 「ほんと?」 ルークは黒猫の顔を覗き込むようにして見る。黒猫はルークのブランケットをかけ直しながら言った。 「あぁ、本当だ。お前こそよく休め。子猫には夜が堪えるはずだ」 「眠くなったら、俺を起こしてくれていいからね」 そう言うと、ルークは横になり目を閉じた。 ロブスターは、静かな寝息を立てはじめた子猫たちから目を逸(そ)らすと、夜空を仰(あお)いだ。 「今日も良い眺めだ。夜空はいつ見ても飽きんな」 遠くの方で、星が一筋の線を引いたように見えた――。 それから2日後の昼下がり。ルーク達は、ゼリー・ルーの街にたどり着いた。 しかし街へ入る前に、ちょっとしたアクシデントがあった。 『やっと俺様の仕事も終わった。これからは昼間だって猫の姿でいられるぜ。さぁさ、早く元に戻してくれよリスベル』 竜姿のリックは、巨体をリスベルへと向けた。 「はいはい、わかっていますよ」 リスベルはそう言うと、右手を掲(かか)げる。 「ジ ワールレ」 呪文と同時に、リックの姿は縮小していき、猫の姿へともどっていく。 もどっていく様子は、何度見ても感嘆ものだ。まるで、竜が猫へと進化しているような過程に見える。 「じゃじゃん。完璧にリック・ゴードンにもどったぜ!」 リックは嬉しそうにはしゃぐと、ルーク達に向かって、いつものニヒッとした笑顔を浮かべた。 そんなリックの様子を見て、思わずルークも笑った。 リスベルが右手をローブの袖に収めるのを見届けると、ルーク達は歩きだす。 「では、入りましょうか。ゼリー・ルーの街へ」 「俺に続け!」 叫び声をあげて、リックが先頭に駆け出た――次の瞬間、リック以外の猫たちの顔が、驚きに変わる。 「ちょ、ちょっと待てよ」 ポルトルが目を丸くさせたまま、こちらを見てくる。 「リックの、リックの背中……」 ルークが最後まで言えなかった言葉を、黒猫がぼそりと言った。 「背もたれだ」 背中に背もたれがついたままのリックは、軽やかな足取りで、どんどんと先へ行ってしまう。ルークはリスベルを振り返った。 「リスベル、リックの背中に背もたれがついたままだ」 「リックの野郎、気が付いたらうるさく騒ぎますよ」 ポルトルが小声で騒ぐ。 「行ってしまうぞ」 そう言ったのはロブスターだ。リスベルは困った顔をして、3匹の顔を見回す。 「おっせーぞぉ!」 リックが向こうで叫んでいる。 「……リスベル」 ルークは、ローブの中にうもれる魔法使いを見つめた。 「わ、わかっています」 リスベルがおずおずと歩き出したのを見て、ルークは早足でリックに近づいた。 「何をとろとろとしているんだ。お前たち、全員様子が変だぞ」 こういう時のリックは、妙に勘が鋭い。 「リック、一端街に入ってしまったら、みんなバラバラになっちゃうでしょ。打ち合わせをしなきゃ……ね」 ルークは歩きながら考えていた言葉を、そのまま並べて言った。 「うーん、そうだなぁ」 そう言ってリックが考え込んでいる間に、リスベルはその背後にまわる。 会話が止まりそうになって、気を利かそうと思ったポルトルが話しかける。 「あっ、あっリック・ゴードン。ゼリー・ルーの街は"熱い水"が有名なんだぜ。 早く宿を見つけて、熱い水に浸かって疲れをとるってのはどうだ?」 ふむふむ、と言った様子で頷きながら、リックは不意に、背後に立っていたリスベルを振り返ろうとした。 ――まずい。 そう思った次の瞬間、黒猫の声が過ぎった。 「宿屋へ行くぞ。街の散策は熱い水に入った後だ。 ……うずく傷には、ゼリー・ルーの熱い水がいいと聞く。 リック・ゴードン。お前もはやく風呂でさっぱりして、可愛い娘でも探しに行けばいい」 「それもそうだなっ。うひひ。早く行こうぜ! 宿屋探し宿屋探しぃ!」 リックは嬉しそうに身体をふるわせると、浮かれた様子で歩きだした。 「……ワールレっ」 リスベルが、魔法を解く呪文を小さく呟いた。リックはちっとも気がついていない。 ルーク達に背を向けたのと同時に、背中を無意識にカリカリと掻いたぐらいだ。 「何とか、気づかれずに済みました」 一仕事終えたリスベルは、ふーっとため息をついた。 「ヒヤヒヤしましたよ。見て下さいよこの手」 ポルトルはそう言って、ルークに湿った手を見せる。 「行くぞ。ここにとどまっていると、またリック・ゴードンが不可解に思う」 黒猫は、リックの後を素早い足どりで続く。 「ロブスターの言うとおりだ。リスベル、ポルトル、俺たちも行こう」 ルークがそう言うと、ふたりは頷いた。 こうしてリックにまつわるアクシデントは、当猫に気づかれずに、うまく乗り越えたのだった。 5匹の旅猫(クォーツ)たちは、"ようこそゼリー・ルーへ"と描かれた門をくぐり、街へと入った。 ゼリー・ルーは、のんびりとできそうな雰囲気の漂う街である。 通りをゆく猫たちも、どこか落ち着いた風貌が多い。ドライフィールドを渡るという旅路に、どの猫たちも疲れているせいかもしれない。 街の入り口は少し砂っぽかった。しかしどんどんと歩くうち、気にはならなくなっていく――あちこちにある建物から立ち上る湯気のせいで、湿気を含み、砂の乾燥を抑えているのだろう。 「随分とゆったりした街ですね」 リスベルがそう言ったので、ルークも、辺りを見回しながら答えた。 「ほんとうだね。前にいたエクレアよりも静かだ」 宿屋を探すのは簡単だった。この街にはたくさん宿屋があったのだ。 道行く猫のほとんどが、砂埃にまみれた旅猫(クォーツ)である。この街は、旅で疲れた猫たちが、休息を求めにとどまるのだろう。 「せっかくですし、良い宿を探しましょうよ」 ポルトルはそう言ったかと思うと、一行の先頭を歩きはじめた。 しばらく歩くうち、一際落ちついた色合いの宿屋を見つけた。 「良い感じの宿屋ですよ」 ポルトルはルーク達を促すよう、宿の入り口へと早足に向かう。 「そうですねぇ」 ルークの隣で頷いていたリスベルが、小走りになって、ポルトルの後についていく。 宿屋の前にたどり着くと、ポルトルは振り返り、ルークの方を向いた。 「どうです。いいと思いません?」 ポルトルはココにしましょうと言わんばかりだ。 「そうだね。良さそうだよ。……他のみんなはどうかな。ロブスターは?」 ルークが聞くと、 「悪くない」 と黒猫は頷く。 「私は賛成です。ねぇ、リック。リックもいいですよね?」 リスベルがそう言って、リックの顔をのぞき込むように見た。 目を細めて宿屋を見ていたリックは「まぁまぁかな」と答える。挑発してくるような態度をとられ、ポルトルの顔に浮かんでいた笑顔が消える。 ルークは困った顔をして笑うと言った。 「みんな賛成してくれたし、今日はここに泊まろう」 ポルトルを先頭に、ルーク達は宿屋へと入っていく。 中へと入る時、ルークの耳元で、 「いつからあいつが先導係になったんだよ」 とリックが不満そうに言った。 「まぁま、いいじゃない。すぐに宿屋が決まったしさ」 「……猫が良すぎるぜ、ルーク」 リックは小さくため息をつくと、宿屋の扉を不服そうに閉めた。 * ルークが宿屋の中へと入った時、ポルトルとリスベルは受付カウンターの前にいた。 ふたりは、気さくそうなおばさん猫に、大きな部屋が空いているかどうか聞いているようだった。 「空いていますって」 リスベルがこちらを振り返り言った。 宿屋のおばさんは、カウンターから出ると、ルーク達を案内してくれた。宿屋は二階建てのようだったが、階段はあがらず、奥へと誘導される。廊下の突き当たりまで歩いていく。 「こちらのお部屋になります」 おばさんがそう言って開けた部屋は、十匹以上は泊まれそうなくらいに広かった。 「ずいぶんと広い部屋だぜ」 小さな子供のようにはしゃいで、リックが部屋に駆け入る。 「この部屋は普段、相部屋でもよろしいお客さんにお勧めしている部屋ですの。今日は他にはいらっしゃらないから、お好きなところをお使いになって」 「わーい」 ローブのフードを後ろへ押しやって、リスベルが二段式のベッドへ駆け寄る。 「私、この上で寝ます」 そう言うと、リスベルは二段式ベッドの階段を上っていた。 リックは、リスベルがいる二段式ベッドの右隣にあった、大きなベッドの側に、荷物をヨイショと置いた。 「長旅でお疲れでしょう。この部屋を出て廊下をまっすぐ歩くと、突き当たりにお風呂場がございます」 おばさんは一通り宿について説明をすると「では、ごゆっくり」と言って、去っていった。 「ルークさんはどこにします?」 ポルトルに言われて、ルークは足もとに置いていた荷物を持ち上げ、部屋を見回した。 部屋の中には、二段式ベッドと、普通より大きめのベッドとが交互に5つずつ置かれてあった。 ベッドカバーの色は、どのベッドも違う色をしていた。 リスベルのいる二段式ベッドのカバーは、淡いピンク色をしている。リックがいる大きなベッドは、薄い紺色だ。 ベッドとベッドの間には、ランプが置かれた小さなテーブルが置かれている。 「私はここにする」 ロブスターは部屋の一番左端、リスベルのいる二段式ベッドの左隣にあった、大きなベッドに荷物を置いた。 「ポルトルはどうするの?」 そう言って振り返ると、さっきまでいたポルトルが横にいない。 「俺はコレで寝ます。ハンモック、好きなんですよ」 どこから出してきたのか、部屋の奥にあった棚から、薄い緑色をしたハンモックを広げている。 「ルークは私の下で寝てはどうです? みんな近くで寝ていた方が、落ちついて眠れますよ」 ベッドの二階から、リスベルが頭だけのぞかせてこちらを見ている。 「うん、そうするよ」 返事をすると、ルークはリスベルの下のベッドに荷物を置いた。 「おいおい、何してんだよっ」 ベッドに寝転んでいたリックが突然起き上がった。 どうやら、ハンモックを掛け損なっているポルトルの様子が気になったらしい。リックはポルトルの側に駆け寄ると、その手からハンモックを取り上げようとした。 「手伝いなんていらねぇぞ、背がちょっと足りないだけなんだ」 ポルトルは、部屋の中央当たりにあるハンモック掛け用の金具に、掛けられないでいたようだ。 「背が足りないんじゃない、おつむが足りないんだよ、おめぇは」 そう言いながら、ポルトルにかわって、ハンモックを柱の金具に固定させる。 「どうだ、俺がやれば一発だ」 リックはそう言い捨てると、威張りながらベッドにもどる。 ポルトルは渋々といった顔をして、 「ありがとうございますぅ」 と言う。 そんなふたりの様子に、ルークとリスベルは少しばかり、声を出さずに笑った。 「さて、風呂にでも行くか」 黒猫がそう言って、ゆっくりと立ち上がった。 「そうですね。おいらもお風呂の準備しなくっちゃ」 ポルトルが荷物をごそごそとしはじめる。 「……じゃ、俺は先に行ってるぞ」 小脇に服を抱えたリックは、小走りに部屋を出ていった。 「待てぇリック・ゴードン! おいら、先に行ってますね」 ポルトルもリックを追いかけて、部屋を出ていく。 騒がしく出ていったふたりを、扉の前で見ていたロブスターが言った。 「お前達も行くだろう? 先に行っている」 「うん、すぐ行くよ」 ルークがそう返事をすると、黒猫も部屋を出ていった。 |
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