お話は、二匹の猫が会話しているところから始まります……黄色い目をした猫が、主猫公のルークです
quartz

*第一話・はじまり1*






「えーっとね」
 黄色い目をした猫は続けた。
「どこまでも続くような長い一本道。
その道の行き着く先に、旅猫(クォーツ)たちが"始まりの店"って呼んでいる場所があるんだ……そこがうち」


 日の光が差し込む、生い茂った森。
 二匹の子猫が古びた岩に座って話をしていた。


「旅する猫のほとんどが、その店から新しく旅を始めたり、訪れたりしているんだ。
旅がとってもうまくいく店らしいけど」
 黒いローブの猫は口を開いた。
「……ルークは、なぜ旅を始めたのですか?」
 黄色い目の猫、ルークは耳を撫でつけ、
「うーん、店でいろんな旅猫の話を聞いて、自分も旅がしたくなったってのが理由かなっ。
あ、でも一番の理由は、"もう一度アモン・ティル・ハーツに会う"って事」
 と、ちょっと照れて言った。
「アモン・ティル・ハーツ……?」
 ローブの猫はルークを見つめた。
 ルークはにっこり笑って頷くと、
「うん……有名な旅猫(クォーツ)、すごく強いんだ。
それにその腕で、困った猫を助けまわってる……変わった猫なんだ」
 と、黄色い目を輝かせた。
 ローブの猫は、ルークの顔を窺いながら聞いた。
「アモンって猫に会った事、あるんですか?」
「……あるよ」
 そう言うと、ルークはその時の事を話し始めた――





「その日は風がとても強く吹いていた。
 店には、数十匹ぐらいの旅猫が、飲んだり食べたりして休んでたかな。
 ……一匹の猫が店を出た。
 入れ違いに、真っ赤な旅服、赤茶色の毛並みをした旅猫が入ってきたんだ。
 店に入るとその猫は、入り口から二つ目のテーブルの椅子に座って、
『美味しい水を一杯もらえるか?』って言った。
 真っ赤な旅服と、普通の旅猫とは何か違う雰囲気で、すぐにこの猫はアモン・ティル・ハーツだと思った。
 店自慢の"パフェマウンテンの雪解け水"に"透り氷(とおりごおり)"なんてのを入れて、トレスおじさんはそれを俺に持たせた。
 ……言ってなかったけど、俺は"父親の親友トレスおじさん"と店を引き継いで暮らしてるんだ。
 水を差し出して――俺は少し離れたところから、気になってつい、じいぃーっと見てた。
 そしたら、その猫はこっちを向いて、
『そこに座るか?』って言ってきた。
 俺が恐る恐る近づくと、その猫はじっと灰色の目で見つめてきて、
『名前は?』って聞いてきた。
『……ルーク・チャンス』って答えたら、
『そうか』って。

 思いきって、
『アモン?』って聞いてみた。
 するとその猫は、よく通る声で言った。
『……ああ、俺はアモン・ティル・ハーツさ』って。
 アモンがそう言うと、近くに座ってた数匹の旅猫たちがこっちを見てきた。

 あの時、アモンがそう答えなかったとしても、俺はその猫が絶対アモンだと思ってた。
 ……でもその時、"この猫は絶対アモンだ"って確信していたのにも関わらず、俺、びっくりしたんだ。
 何て言うか、アモンはすごく堂々としていて、不思議なオーラに包まれている感じがしたんだ。
 アモンが俺の質問に答えてくれた時、耳先から爪先と尾先まで、ぞわぞわって毛並みが逆立っちゃった。
 上手く説明できないけれど……その時の言葉で、周りの猫達も自然と"この猫がアモン・ティル・ハーツに違いない"って思ったと思う。
 それくらい、アモン・ティル・ハーツは何か普通の猫とは違ってたんだ。

 しばらくすると、アモンは水を飲み干して、
『またな、ルーク』って言って席を立った。
 アモンが店を出ようとした時、
『また、来てね』そう言ったら、アモンはニコって笑ってくれた。
 ……それから、アモンは時々、店に立ち寄ってくれた。
 もちろん、いろんなところに旅するついでに来てくれてたから、しょっちゅうってわけじゃなかったけど。
 来てくれてもすぐ行っちゃうし、あまり喋れなかった。
 けど――アモンといる時間はすごく楽しかった。

 それからある日、アモンが店にやって来た時だった。
『ルーク、お前に渡したいものがある』
 そう言って、アモンは服から何か入ってそうな小さな袋を取り出して、俺の手にギュッと握らせた。
『大切に持っていてくれ、コレはルークに相応(ふさわ)しい』
 そうとだけ言って、アモンは灰色の目でじっと見つめてきたと思ったら、ニコッと笑って店を出ていった。
 ……それ以来、アモンは店に、来なくなった」





 ルークは、口をギュッと結んだ。
「ルーク……」
 ローブの猫は、何とも言えない顔でその様子を見つめていた――が、ルークは急にパッと明るい顔をした。
 茂る木々の隙間から、少しだけ見える空をルークは見上げる。
「アモンはきっと、長い旅に出たんだと思う。
どこにいるか、わからないけど……。
旅をしてたら、きっとどこかで会えると思うんだ」

 ……。ローブの猫も見上げた。

 どこからか心地よい風が吹いた。
 その風は、ルークの茶色い毛並み――そして焦げ茶色の前髪に優しく触れていった。


「ところでさ、リスベルは何でこんなところにいたんだ?」
 黒いローブの猫リスベルは、ローブを深く被り直すと、静かに答えた。
「私は……この世界に住んでいる猫ではありません」
「……へっ?」
 ルークはその言葉に驚いてリスベルを見た。
 それから、頭から全身を包むローブから出ている白っぽい毛並みと、耳と――しっぽを確認し、小首を傾(かし)ぐ。
「見たところ、あまり普通の猫とは変わりないみたいだけど……」
「私が住んでいる世界の猫と、この世界の猫とは祖先が同じ。
だから、外見は変わりありません。
でも……私たちは白い竜イージスからもらった魔力という能力を持っています」
「魔力?」
 ルークは左へ首を傾げた。
 リスベルは頷き続ける――

「私以外にも魔力を持つ仲間はいます。
それに私以外にも数匹、この世界にいる猫たちも。
私たちの祖先は今から500年ほど前、黒い竜を封印した扉を守るため魔力を与えられました。
……500年もの間、守り続けていたのに」
 リスベルは急に顔を曇らせた。
「どうしたんだ?」
 ルークがそう言うと、リスベルは怖ず怖ずとした様子で、静かに答えた。
「私は黒い竜を追ってこの世界へやって来たんです。
一度は抑えられていた力……でもその封印は、解かれつつあった。
どうして封印が解かれ始めたのか、今の私にはわかりません。
でも、黒い竜が再び世界を襲おうと企んでいたことには間違いないのです」
 リスベルは膝の上に置いている手を一層固く握りしめる。
「……黒い竜は、とても強い力を持っています。
けれども、自分だけでは強い力を使えません。
解かれつつあった封印のせいで、黒い竜が"三匹の特殊な能力を秘めた強者(つわもの)"を送り込んだと聞いています。
それらの成長をみて、"宿り主にする者"を探しているに違いありません」

 ルークはそれらを聞き、目を丸くして、
「それじゃあ、そんなヤツ早いとこ見つけて倒さないと!」
 と騒いだが――そうしたことをすぐに後悔した。

「……ええ」
 リスベルはルークの言葉に深々と頷いたが、とても思い詰めているような様子をしている。
 ルークの心情がわかったように、リスベルは続けた。
「黒い竜を倒すために必要な、特別な力を持つ猫たちがこの世界のどこかにいます。
彼ら自身、きっと今黒い竜がしようとしている事について知ることはないでしょう……この事を伝えなければそうです。
でも、私は、始めに会うべき同じ種族の者に会えませんでした。
居るべき場所にはいなかった。
きっと黒い竜に消されてしまって……」

 リスベルは淡々と話をしているが、きっと、本当はそんなに冷静でいるわけがない、とルークは思った。
 聞いているルークでさえ、何か、どうにかしなきゃ! と思ったほどだったから。

「その猫に会わなければ、全てがわからないまま、何も手がかりがないまま。
見ず知らずの世界から、見ず知らずの猫たちを探し出すなんて事……そんな大それた事、私には」
 リスベルは今にも"無理"という言葉を口にしそうだった。
 ……でもルークは、リスベルにそんな言葉を言わせたくなかった。
 不意に、ルークの中に、何とも言えない不思議な気持ちが湧き上がってくる。

「リスベル」
 話を遮るようにそう言うと、ルークはいつの間にか握りしめていた拳から、少し力を抜いた。
「……俺が一緒に行ってやるよ。
小さい頃からいろんな旅猫の話を聞いて、頭の中には世界中の地図が入ってる。
それに、そこらの猫よりも、何でも知ってる方だとは思うし。
一緒だと、道には迷わないと思うけど」
 ルークは、頭の中で思った事をそのまま言葉にした。

「でも、ルーク……ルークは私とは何の関わりもありません。
それに、ルークはこの森を通り過ぎただけです」
 リスベルは何だか申し訳なさそうに言っているようだった。
 そんな様子のリスベルを見つめながら、優しい顔でルークは言う。
「リスベルもその方がいいだろ?
それとも、通りすがりの旅猫じゃ、役立たずかな」
「そ、そんな事はありません……でも」
 リスベルが困った様子でそう言うと、
「なら、いいでしょ。
俺が勝手に言ってるだけなんだから。
当てもなく旅をしてる旅猫だもん、旅は道連れ」
 ルークはニコッと笑った。

 少し困惑した顔をしていたが、自分を見つめる真摯(しんし)な目に、リスベルは顔を綻(ほころ)ばせた。
「……ありがとう」
 リスベルはルークの顔を緑色のキラキラした目で見つめた。



 ザザアアア……。

 森に強い風が吹いた。
 微かにルークとリスベル達にも風は触れた。
 そびえ立つ木々の、大きく太く伸びた葉がいっぱいの枝えだが、二匹の頭の上でザワザワとざわめく。


 ……。
 ……。
 と、頭上からいくつも、何かが落ちてくる。
 音もなく静かに、その一つが、ルークの鼻の上に落ちてくっついた。






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